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2013年2月24日(日)

全く気付いていなかったが、どうやら先週半ばにこれまでこのブログを訪問してくださった方の延べ人数が11,000名を超えていたようだ。・・・1万名様のときにこういった文言を書いた記憶がないな。

いずれにしても有難いことだ。今年に入ってサボり気味なのに。



どうもありがとうございます。



 昨日のうちに必要な食品の買い物は済ませていたし、風邪を引いていたヨメの体調もようやく戻りつつある中、今日は家族揃って全く外出せずフラットでゆっくりしようということになった。午前中は敷地内でちょっと走ったり。しかし体力ないなあ。ほんの軽いジョギングのはずだが体が重い重い。
 午後は読書。日本で買って来た藤沢周平の「用心棒」シリーズはもう読んでしまったし、その他いくつかの娯楽小説群もあらかた読み尽くし、残っているのは伊坂幸太郎「SOSの猿」と奥田英朗「無理」ぐらいだ。今は立花隆の「天皇と東大I」(文春文庫)をゆっくりめに読んでいる。明日からまた仕事、色々あって忙しいが先週のうちに懸案のうちの一つが7割方片付いたので少しほっとしている。





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by t-nakanobu2 | 2013-02-25 01:09 | 日記

2013年2月22日(金)

 日本でふやけて来た。
 気持ちはふやけたが体は忙しかった。買い物と大阪で両親を見舞うのと旧友に会うのと赴任前にいた部署への出社と半日ドック。あと役所関係。しかし半袖のムンバイから小雪舞う東京へ帰った割には僕自身は風邪も引かずに済んでよかった。少し時間的には無理があったのだが学生時代からの友人と大阪で会えたのも良かった。その彼、工学博士のT君には鰻をご馳走になったばかりかタクシーで送迎までしてもらった。今後会うときは僕が最高級インドカレーでも奢るしかない。ってそれは無いな。
 16日にムンバイに戻っていたのだがダラダラと更新しないままほぼ1週間が過ぎた。昨日はハイデラバードで爆弾事件があった。ふやけている場合じゃないがムンバイは平静だ。しかし改めて危険のある国なのだと認識したようなわけで。

 話は変わるが僕は絵も写真も見るのが好きで、数年前には年間100展以上、大御所からアマチュアまで色々な写真展を見て回ったこともあった。その点東京は便利な街だ。どっかで写真展をやっている。
 今日は「行けるもんなら、日本にいたら絶対行ってた。行きたいぞ」と思う写真展情報へのリンクを貼っておく。今回の日本では時間が無くて何も見れなかったのが残念だ。

横浜美術館 :キャパ

世田谷美術館:スタイケン

Taka Ishii Gallery:森山大道

キヤノンギャラリーS:立木義浩

キヤノンギャラリーS:特別展


日本にいて写真に興味のある僕の元部署の皆さん、行ってみては?





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by t-nakanobu2 | 2013-02-23 01:45 | 日記

2013年2月8日(金)

 今晩ムンバイを発って、1週間ほど日本です。
 戻ったらまた更新します・・・



>ムンバイの夜景 Four Seasons Hotel屋上バーより
a0234488_945172.jpg

手持ちでこれだけ撮れたら上出来だ。/OM-D E-M5, 14mm(35mm換算28mm相当), 1/2秒, ISO3200





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by t-nakanobu2 | 2013-02-08 09:46 | 日記

2013年2月5日(火)

4.番外

 過去3回のエントリーを読み返してみたがオチが無いな。
 仕方ない。インドの現状と日本の江戸時代が似ている気がする、という突飛な思いつきをだらだらと書きつけたに過ぎないのだから。敢えて書くなら・・・やはり「なんか似てる気ぃしてん」しか無い。まったくお恥ずかしい話で。

 さてインド人が時間にルーズになる原因の一つかもしれない道路事情についての雑談など。
 ムンバイの交通事情はの悪さはなかなかのもんである。ムンバイは横浜市とほぼ同じ大きさらしいが、そこに1500万人とも2000万人ともいわれる人が住んでいる(よく調べていないが周辺エリアをどこまで含めるかによって大きな差が出るんだろう)。混み混みの街である。だがそこに鉄道は南北に2ライン走っているだけなのだ。1000万都市東京に中央線と京浜東北線しかない(私鉄・地下鉄も無い)ことを想像してみればいい。導き出される結論は凄まじい道路渋滞である。普段まだ我慢できても、事故やら工事やらお祭りやらでどこかの幹線が1本通行制限されたらもうダメだ。街中麻痺していきなり移動時間が倍になる。車の無い人、徒歩通勤の人の比率はきっと日本より高いだろうし、混み具合を東京と比べても仕方ないかも知れないけれど、それでも僕の経験でムンバイは渋滞の酷い都市ワースト3に入る。後の2都市はマニラとジャカルタだが、これら2都市は出張経験があるだけなので、偶然「悪い日」に当たってしまったのか、または「マシな日」だったのか分からない。

 さてその混雑の激しいムンバイでは道路があちこち穴だらけで自動車の揺れが酷い。とある日本人家庭ではムンバイの揺れまくりの車に乗り慣れた子供が日本へ帰国した際に平らな道路で車に乗ると酔うという。悲劇である。ムンバイの道路があまりにボコボコで何年経ってもちっとも良くならないし工事がいつまでも終わらない理由は主に役人が予算の何割かを横領しているからだという話だ。メトロの建設がいつまで経っても進まないのも同じだ。大方のインド人はそれを苦々しく思っている。と思いたい…が官僚の既得権益(って不法だけど)とはどの国でも美味しいものなんだろう。簡単に手放されるものではないようだ。日本ではそんなことは決して起きない…と言いたいが例えば一部官僚の天下りや謎の既得権益団体特殊法人は山ほどあるな。ただ天下りなどはまあ一部の高級・中級官僚の話だろうしとりあえず法に背いているわけでもない。言葉は悪いがインドは末端まで腐っているところが違う。ちょいとモラルに反することをして見つかったら仕方ない。見つかるのが悪い。見つからなきゃ何してもいい。というのがインドである。例えば交通整理をしているオマワリ。彼らは虫の居所が悪いと立場の弱い運転手(大概は低所得でカーストも低い)を好き放題どつき回して憂さ晴らしをすることもあると聞く。また気が向いたら停止線オーバーだとか無理な車線変更をしたとか言って車を止める。僕の車もこれまで3、4度ほどやられたことがあるが、彼らの目的はドライバーから50ルピー(相場だ)をせしめて昼飯代を稼ぐことである。何件摘発した、なんてどうでもいいんである。なんとなく止めたドライバーと雑談し、免許証ケースに挟んで渡されるルピー札をポケットにねじ込んだらお終いである。昔「仕事人」だか「仕掛人」だかにも中村主水が市民に小銭をせびる場面があったが昔の日本人警察官(というか奉行所同心だ。架空の人物だけど)があんな感じだったとしたら今のインドの警官と同じようなもんじゃないか。おそらくムコ殿同様にインドのオマワリは小遣いにも困っているんだろう。あれ?ここでもまたインド江戸時代論(?)になってしまった。
 さて公務員がそんな風だから一般人も負けじと交差点の赤信号は無視して突っ込むし(ただしオマワリがいない場合)、混んでいると思えば平気で対向車線を走りそれで対向車と接触しそうになればお前の方が悪いとばかりに盛大にクラクションを鳴らす。「前が空いてたから行った。何が悪い」てなもんである。インドでは赤信号も青信号も進めである。事故らなきゃいいのであって事故る方が悪いのだ。
 ついでだから書くが別の実話。漏電から火事を起こしたオフィスビルの借主の元へ消防署から人がやって来て火事の原因について尋ねる。調査ではない。この火事は、1.あんたら借主の責任、2.どっちも悪い、3.ビルのオーナー側の責任、さあどの報告書を出して欲しい?と聞いてくるんである。1.でいいなら知らんが、3.にしたけりゃそれ相応のカネをよこせ、とご丁寧かつ露骨に松竹梅の賄賂プランを提示してくれる訳だ。これが公務員のお仕事である。なんとまあ。

 そんなわけで道路は直らず工事は進まず富める者は富み貧しきものは飢えて路上に溢れゴミは片付かず交通事故死者は年間15万人、といったインドの都市の日常風景は改まらない。いくら経済発展したところでこればっかりは仕方ない、と僕は思っている。何しろ江戸時代である。いつか維新の時は訪れるのだろうか。良くなってくれ、インド。




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by t-nakanobu2 | 2013-02-06 01:36 | 日記

2013年2月3日(日)

3.裏店、使用人

同じく「用心棒日月抄」より。青江の住む裏店の様子を描いたくだりがある。

「又八郎は感心して女の顔を眺めた。住んでいる裏店の、真黒な顔をした女房たちを思い出したのである。裏店の女房たちは、内職をし、亭主と一緒に日雇いに出かけ、井戸端談義に身が入ったあげく女同士で摑み合いの喧嘩をし、甲斐性のない亭主の尻を叩き、言うことをきかない子は殴りつけ、精気にあふれているが肌の手入れまでは手が回らない」
「子沢山の家の暮らしがどんなものかは、裏店の連中の暮らしをみていればわかる。親は真黒になって働いているが、それでも子供は襤褸を下げ、細い脛も露に、ろくに草履もはかず飛び回っている」

 またインドである。インド人の普通の貧乏な家のおっかさん達はやたらと摑み合いの喧嘩はしないだろうし子供を殴りつけることも無いだろうと思う。しかし藤沢周平の描くその騒がしく熱気に溢れた様子は僕が毎日目にするインドと似通ってはいないか。サンダルも履かず走り回るムンバイの貧しい子供達は江戸時代の裏店の子供達と同じなのではないか。

 使用人もそうだ。商家や武家は人を雇っている。例えば「盲目剣谺返し」(これはいい話だった)に「徳平は新之丞が生まれる前から三村家に奉公し、この家で老いた」とある。ここにあるのは当時の当たり前だった「身分」である。使う側、仕える側。同じ家に起居しても住む世界は決して同一ではない。良い事なのかいけないことなのかは別としてそういう時代があった。今だって一部には残っているかもしれない。インドではどうか。憲法でいくらカースト制度が否定されようが、やはり4000年(?)の習慣が一朝一夕になくなるものではないし、使用人という習慣は日本より遥かに多く残っている。また江戸時代登場か。カーストの上下でなくても、金で人を使うという構図は日本より遥かに生々しく残っている。余裕のある家庭はメイドを雇うのが当たり前だし現にウチだって運転手を使っている。思えば日本が何につけ機械化されシステム化されている現状は、ある意味では金で人を使う代わりに機械を使っているようなものだろう。大抵の日本人は「高くもないんだから女中一人雇った方が自分で部屋掃除するより楽だ」とは考えない。一方インドでは社会インフラの未整備は人力でなんとかしてしまう。人を使う、人を遣る、人にやらせるのである。インドの場合は雇い主と雇われた人に厳然と上下関係が生まれる。人間は平等、ではないのである。やはり江戸時代と似ているかもしれない。ただイメージから言うとインドはもっとドライであり、そこにロイヤルティの入り込む余地はあまり無いように見える。もう一つ、言っちゃあ悪いがそのお仕事はともかく、ご主人の持ち物を盗むような使用人が今もいると聞く、その点はやはりインドだ。




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by t-nakanobu2 | 2013-02-03 15:45 | 日記

2013年1月31日(木)

2.時間について


 「用心棒日月抄」より抜粋。
 雪駄問屋田倉屋の妾おとよが主人公の浪人青江又八郎にかけた言葉。
「まあ、よかったこと。なかなかいらっしゃらないから、今日あたり相模屋さんに催促の使いをやろうと思っていましたのよ」

 相模屋とは青江が世話になっている口入屋である。その主人吉蔵と青江の会話。

「昨日はいらっしゃいませんでしたな。青江様・・・いらっしゃる約束でございましたよ・・・お待ちしてましたがいらっしゃらないから、お家をおたずねしました。そう戌の刻ごろでしたな」
「それは相すまんことをした」

 おとよは吉蔵に依頼していた用心棒が来るのを何日待っていたのだろう。彼女は特に仕事もなく妾宅にいればそれでいいはずで、不安の種があって頼んだ用心棒を待つ時間は長かったに違いない、と思う。吉蔵は青江を待ってどう1日を過ごしたのだろう。もちろん他に仕事はあったろう。しかし徒歩で青江の住まいを訪ねて空振りに終わった、それだけで1日の就労時間の結構な部分を浪費してしまったのではないか。ただ当時の状況を想像するに、1日やそこらの遅れなど仕方なかったのではないかと思う。

 前回のエントリーでは牽強付会甚だしくも現代インドの流通事情は日本の江戸時代と似ているんではないか、などの趣旨で書いたが、それに引き続き今回も僕はインドを思ってしまう。だいぶインドが頭から離れなくなっている。
 相模屋が語っているのは客であり職を斡旋してもらう立場の青江の方が相模屋を待たせた場面だが、逆に最初に引用したおとよのように客が散々待たされるのがインドの常である。僕が経験した例が配送業者、インターネット接続業者、エアコンのメンテナンス業者、浄水器業者・・・過去のエントリーにはいちいちイライラした様子を書いてきたが、とにかく業者はまずpunctualではないと思うが身のためである。何かの工事があると言われた日に1日待って何も来なかった、といった話などインドにはごろごろ転がっている。で次の日に連絡し、そこからまた何日の何時に行くだのという話をやり直すのである。彼らはそのことで決して謝らないが、それは顧客に迷惑を掛けて申し訳なかった、という意識を隠して(嘘を吐いて)いるのではなく、そんな思考や感情が元々無いものと思われる。一方でインドでも大手の某電器系リテーラーでは指定時刻に卸から配送されなければ発注自体を取り消す、といった厳しい運用をしているところもあるにはある。ただ市民の日常生活レベルにおいては時刻に関する約束などほぼ無いと思った方がよい。そういえば採用面接を受けに来るインド人もよく遅れていた。日本じゃその時点で不採用だ。・・・たまに物凄く早く来ることもあるから要注意である。このいい加減さは僕にとってインドの嫌いな部分の一つだが、それも最近では受け入れなければならないのだと思うことだってある。彼らにとって時間に正確であることはそれほど大切なことではないのだ。交通事情でいくらでも遅れてしまうし、じゃあそれを見越して早めに出ろと行っても貧弱な道路インフラ事情のせいで30分で行けるのか2時間かかるのかも分からない状態で齷齪しても仕方がない。というわけで平気で遅れるし、それが外回りのワーカーなら「仕事が一つ飛べばそれだけ楽だ。ラッキー」ぐらいに思うかも知れない。僕も駐在1年半、遅まきながらうまく行かないことにようやく慣れて来たか。期待しないのが当たり前なのなら裏切られることも無い。ま、いつものことだ。仕方ないねー。と思えるならそういう気持ち心構えでいた方がストレス無く暮らせるというものだ。来るかも知れない人を1日待って、来なきゃ来ないで仕方ないという考え方。多少の遅れは気にしない、と。

 オットー・クレンペラーだったかブルーノ・ワルターだったかのエピソードで、モーツァルトか何かのテンポ設定に関してオーケストラに対して「これは飛行機なんか無い時代の音楽なのだよ」と語った、という話をどこかで読んだ記憶がかすかにある。オケはそのときもっと速いテンポで弾きたがっていたんだろうか。確か芥川也寸志も古典音楽が書かれた当時の時間に対する感覚と現在のそれは異なっているはず、といったことを書いていたと思う。時間がゆっくり流れていたであろう時代のテンポで演奏するのが良いのか現代人の感覚に合わせて演るのが良いのかは意見の分かれるところだろうが、いずれにしても同じ1時間に少しのお出かけではなく数百km離れた都市まで飛べるということを知っている我々は、モーツァルトの時代の人々とは時間の流れについて相当違う感覚を持っているだろう。あるいは東洋と西洋、18世紀と21世紀ほどの隔たりは無くとも、新幹線のある国とない国によってもその感覚は異なっていて当然なのではないか。更にはどうにも説明のしようも無い国民性、それぞれに異なる歴史の中でそれぞれの民族が編み出した性質、その違いによって時間に対する感覚が異なることもまた当然ではなかろうか。同じ時間の長さをどう感じるか、という視点だけでなく、待つ時間待たせる時間、「ちょっと待って」の長さも。正確さも。

 日本人は焦る。早くしたいと思う。正確であれと思う。この神経質さはおそらく世界一だろう。
では吉蔵はどうなのだ。一日すっぽかした青江はまあそれも仕方ないと思っただろうか。そしてインド人は? 

 これもまた殆どただの思い込みであって一向に構わないが、そこでまた、僕には「現在と江戸時代」の違いに「日本とインドの違い」がだぶって見えてきてしまうんである。ケータイが普及し車が溢れかえってはいるけれど、インドの時間の流れ方は江戸時代みたいなもので、ゆっくり流れる時間の中で沢山の青江や吉蔵やおとよが暮らしているんではなかろうか。決して「遅れてる」「ルーズだ」という悪口ではなく、現代日本、日本人とは感覚の違いがあるのだ、というただそれだけの意味で。


 そう思うと少しはインド人を理解できるような気も・・・いや、まだまだ何も分かっちゃいないんだろうな。





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by t-nakanobu2 | 2013-02-01 02:06 | 日記