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2012年12月25日(火)

スリランカ旅行最終日。

<25日>

 夜の便でインドへ戻る日。
 コロンボ空港と言いながら空港はコロンボの北にあるニゴンボという町により近い。というわけで午前中からニゴンボ方面へ。途中、ヨメが何となく決めた「Muthurajawela Visitor Centre」へ寄ることにした。ボートからバードウォッチングができるとかで、さしたる興味も無かったがまあいいかと思っていたのだがこれが大正解であった。行きたい旨を伝えると運転手が電話しオープンしていることを確認してくれた。というのもこの日はクリスマス、コロンボ市内でも結構な店が休みになってしまう祝日であり、またニゴンボ周辺はキリスト教徒比率の非常に高いエリアなので大事なキリストの誕生日には営業していない可能性があったからだ。「歩き方」には前日までに予約を、と書いてあったがまあ開いてて空いてたら何とでもしてくれるんだろう。日本人が行くというと「やってる」という返事があったらしく、到着してみるとこれがまた施設はショボい。が、「ボートツアーやってる?」と聞くと「やりますよ」とのこと。大人1200ルピー、子供600ルピーを支払って、定員10名ほどのボート(エンジン付)に乗って水路をゆっくり進む。乗員は船頭とガイドで客は我々家族だけ。ガイドが水路の両側にいろんな鳥などを見つけては教えてくれる。売りはバードウォッチングらしくそのためには早朝や夕刻に見るのがいいらしいがそれは仕方ない。都合上真昼間だった。それでも大きなトカゲがいたり小さなヘビが泳いでいたり。やがて広い場所(河口なんだろうか。よく分からんがラグーンと呼んでいいと思うのだが・・・)に出たときは小さなボートで進むことが少々心細く感じられヨメなどは怖い怖いと連発していたが、先々で大きなサギやワシやサルなど見てマングローブの森を抜けもう探検気分の2時間である。

 このボートツアーは楽しい。

スリランカに行く機会があればぜひ皆さん(て誰だ)にも体験して欲しいと思う。お勧め!

>こんな水路を進む。
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>でかいトカゲがいたりする。天然モノである。
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>鷺とか鷲とか飛んでいる。標準ズームじゃ厳しい。
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>猿も跳ねる。色々いる。
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>小船でこういう所に出るとなかなかスリルがある。水に落ちたらトカゲに食われる(うそ)
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>Visior Centreはこんな建物
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 その後Jetwing Lagoonというホテルで昼食を摂ったがこのホテルの雰囲気も非常に良かった。ニゴンボ中心部からは離れて鄙びた場所にあり、周辺にそれらしい娯楽施設があるわけでもないので「遊び」には適さないかもしれないが、ある程度カネ使う覚悟(ホテルで飲み食いするのって高いでしょ)があって「何もしない休日」をホテルでのんびり過ごすつもりならお勧めしたい。まあランチを食べただけで泊まったわけじゃないので部屋のレベルは保証できないけれど。正面入り口すぐに広がる「100mプール」はなかなかのもんである。

>ランチを食べたホテル
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 遅いランチにビールを飲んでもうい気分になっちゃって、ゆっくりしたらあとはもう空港へ。5時半頃に着いたがフライトは9時、待って待って乗って。ムンバイ到着は23:40、帰宅は明けてAM1:10、2時に寝て26日は仕事。体はやや辛いが楽しんで来たので良しとする。これで冬休みの旅行はおしまいである。



 28日が仕事納め、このエントリーも大晦日にしている。散髪もしたし、さっぱりとして今年も終わった。日本では紅白歌合戦をやっている時間だ。これからフラットで蕎麦を食う。


 色々あったな。(遠くを見たりする)


 また色々あるな。(遠くを見たりする)



今年もお世話になりました。
皆様、良いお年を。




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by t-nakanobu2 | 2012-12-31 21:48 | 日記

2012年12月24日(月)

 24日、というタイトルだが大晦日にエントリーしている。
 なんとこの押し迫った時期に、これまで訪問いただいた方の数が延べ1万人を突破したようだ。

 どうもありがとうございます。

 毎度書いてる気もしますが、ボチボチ続けるつもりでおりますので今後ともよろしくお願いします。


<24日>

 南西海岸地域へ。
 この日楽しかったのは亀!ベントータというリゾートの街に程近い道路沿いに建つウミガメの保護センターである。地元の漁師が砂浜で卵を見つけたら保護センターへ持って来る。保護センターが買い取って施設内で孵化させ、3日後の夜に海へ放す、ということをやっている。「歩き方」には載っている(最新版はどうか知らんが)。施設自体は非常にショボく、小屋(受付)と水槽、卵を寝かせてある砂地、があるだけの場所なのだが水槽の中の「今日生まれた」~「3日目」の赤ちゃんウミガメはとても可愛くて見ていて飽きなかった。

> 施設全景。道路沿いにポツン、という感じで建っている。反対側のビーチから撮影。
  右に写っているのはドライバーのSさん。
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> 孵化したての子亀たち。
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 それからゴール(GALLE)。移動で疲れていたのであまり真面目に観光はしなかったが旧市街を囲む城壁の上を歩くのはなかなか興味深かった。世界遺産である。その後郊外にある「日本山妙法寺」も見学した。

> 城壁の上から。
  この写真からは良くわからないが右側が新市街、左が旧市街。
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 この日の行程は大体が行きは北から南へ海岸沿いの道をあちこち寄りながら、帰りはやや内陸を走る高速道路で北へ向けて一気に戻るという感じだったのだが、その高速道路の風景がどうも日本ぽい。

> こんな感じ
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 おそらく日本の協力とか援助とかが入ってるんではないだろうか。娘は「成田線のバスから見る風景と似てる」と言っていた。ガラ空きだったのでもしかするとあまり地元民の役に立っていないODAか、などと邪推してしまったが舗装状態も良く我々のような旅行者には大変便利である。途中立ち寄ったサービスエリアも信じられないほどきれいな建物だった。



(つづく。あと1日分ある。)




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by t-nakanobu2 | 2012-12-31 13:42

2012年12月23日(日)

続きである。

<23日>

 朝食の目玉焼きは黄身が殆ど生だったが食べてしまった。卵うまいぞ。

 この日は午前中はよく寝て早めに市内のカフェで昼食を摂り午後からコロンボ市内を走り国立博物館と土産物店をハシゴし、ノリタケ(スリランカに工場がある)のティーカップなども買った。コロンボの街は嘗てのヨーロッパ諸国による統治時代の影響を残し…等とガイドブックには書かれているが、そんなことよりも「インドと違う!」のが驚きである。スリランカのことをあまり知らず、これまでスリランカに行ったことのない日本人(圧倒的多数がそうだろう。僕も今回初めて行ったのであるしだからと言ってスリランカの何を知っている訳でも無いのだが)はスリランカとインドとどう違うのか説明することはできないと思う。

 でもはっきりと違うんである。

 何が違うか。
 まず、家のない人が多分殆どいない。インドはあちこちホームレスだらけ、野良犬ならぬ野良人間状態を最下層に、棒切れでビニールシートを支えているだけの住居(大抵道路脇の歩道にズラーっと並ぶ)にいる人、壁だけはどうにか板で作ってる人、そんな人種が溢れかえっているが、スリランカにはそういう人々が殆どいない。幅わずか1メートルの戸棚を建物外壁に貼り付けるように置いて駄菓子から電気部品から「誰が買うねん」と言いたくなるような品物を商う怪しいおっさんも殆どおらず、店構え、家の構えが大体きちんとしている。街にゴミが落ちて…いない訳じゃないけれどインドより100倍マシ。場所によっては凹凸もあるけれど全般的に道路も歩道も穴ぼこが少なくインド(特にムンバイかな)より余程まともに整備されている。物乞いが寄って来ることもまず無い。クラクションがうるさく鳴ることもなく車のマナーも歩行者も余程マシ。農業国なので大気汚染もあまり無いし。スリランカに対して一般的な日本人が持つイメージはどんなものだろう?特にない?発展途上?危険?…だが少なくとも在ムンバイ(ある説によれば世界一汚い街)の日本人の目には「とても環境が良くて住みやすい国」だと映る。実際には色々と良くない点もあるのかもしれないけれど。

 夜は日本食「日本ばし」である。残念なことにマグロが無い(!)という非常事態だったが全般的に美味しかった。げそ揚げ、焼き鳥(皮の塩焼き)は日本で出しても結構なレベル。ワサビの香りが効いたドレッシングのかかったサラダや茶碗蒸しも美味しかった。


(まだつづく)




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by t-nakanobu2 | 2012-12-30 20:47 | 日記

2012年12月22日(土)

 年末に日本へ戻らないならクリスマス付近や年末年始に何をするか、選択肢は3つあって、

1.インド国内旅行する
2.国外へ出る
3.遠出はせず、自宅付近のみでだらだら過ごす

のどれかである。今回はどれも決め手を欠いて(でも3.は家族が納得しなかっただろうな)半ばエイヤッで決めたスリランカ行(22-25日)であった。
 日程的にはキツかったし、何も予備知識が無い状態でとりあえず先にコロンボに3泊の宿を取ってしまったのでコロンボベースでの日帰り旅行しかできなかった(移動距離が長くなるシーギリヤ等の訪問は残念ながら諦めた。観光の目玉なのに)が、それでもスリランカは結構楽しかった。まだ行ったことの無い方にはお勧めする。
 

<22日>

 21日の仕事を終えて一旦帰宅したあと空港へ。22日AM2:30発、AM4:45着のJet Airwaysでコロンボ空港着。空港へは旅行社にお願いしていた車に出迎えに来てもらう。車は3泊のスリランカ滞在中、運転手ともども予約、確保していて移動はずっと車で行うという贅沢さである。と言うか1人旅で時間も余裕を持って使えるなら話は別だが家族を抱えて行きあたりばったり的貧乏旅行はできない。なので飛行機代と宿泊費とは別に4万円ちょい払って滞在中の足を確保しておいたというわけだ。ここの担当者の方(日本人女性である)とは旅程などについて何度かメールでやり取りしたがとても親切で感じが良かった。

 この日はそのままキャンディへ向かい、コロンボに夜入るというコースだった。しかし眠い。なんでこんな時間のフライトしか無いんだろう。
 「象さんに乗りたい」が娘の希望だったのでそれは旅行社に伝えておいたのだが、キャンディへ向かう途中ピンナワラという場所に「象の孤児院」なる施設があって、その近辺で運転手がElephant Ride業者(他に言葉が思い浮かばん)に立ち寄ってくれた。まあ敷地内を軽く歩き回るだけのもんだったが。娘だけ乗ればいいと思っていたのだが係の兄ちゃんに勧められて僕も乗った。そういえば小学生だか中学生だかの頃に読んだ畑正憲(=ムツゴロウ)さんの本の中にスリランカで象使いの修行をした話があって感心したことがあったが爾来30年(?)、40過ぎてまさかの象さん初体験である。人生何が起きるやら。ちゃんとした鞍があるわけではなく、厚手のビニールシートみたいなのを象(その象の名前はノナといった)の背中に置いているだけで、安定しないので結構怖い。高いし揺れる。ノナは敷地内をゆっくり歩く。2人の象使いの兄ちゃんが掛け声をかけながらノナを誘導する。不安定なのでどうしても脚でノナの背中を強く挟もうとしてしまい、乗車じゃなくて乗象時間はわずか20分ほどだったにも関わらず翌日には内腿が筋肉痛になってしまった。

>親子で象に乗るの図
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 これで大人2000スリランカルピー。子供は半額。高い?がこれが結構楽しいんである。話のタネにも良い。
その後「象の孤児院」でまた沢山象を見て、餌(果物)やり体験などもして楽しみ、更に象が集団で川で水浴びする光景を眺め(これもなかなか楽しかった。多分どのガイドブックにも載っているものだろう)、いい加減寝不足で疲れた状態で古都キャンディへ向かった。その道すがら道端に牛を見かけたらとても小さく感じられて可笑しかった。象の前には牛も小動物(?)である。
 なお「象の孤児院」でははっきりと外国人向けのチケット売り場が別になっている。ガイジン料金である。滞在中はおそらくローカルの物価レベルよりはかなり高めの金額を食事にもその他買い物にも使っていたはずだ。

>象見てるだけだが楽しい。
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 キャンディへ向かう途中で茶葉から紅茶・緑茶を作っている工場も見学した。中には「SHIZUOKA」とロゴの入った多分この会社の機械が稼働していて、工程を説明してくれたお姉さんは「これは日本の機械なの!」と嬉しそうだった。そこは名にし負うセイロン紅茶を飲み(これがとても美味しいんである)、お茶を買うこともできるのだが工場の中に充満するお茶のいい香りですっかり気分が良くなった我々一家は結構な量の紅茶を買い込んでしまった。やるなスリランカ。なかなかカネ使わせてくれる。

 キャンディでは仏歯寺に行こうと付け焼刃の学習知識から決めていたのだが、こちらではお寺には靴を脱いで入る(インドでもそうだ)。当日キャンディは結構な雨で、寒くはないものの裸足で境内(の一部だけど)を歩いてビチャビチャになるのがイヤで残念ながら建物内には入らなかった。ヘタレな旅行者である。知らなかったが12月は雨が多い季節なんだそうだ。インドは乾季なんだけど…やっぱり違うもんなんだなあ。

>仏歯寺
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 さてキャンディからコロンボに向かう道中だがこれが混む!スリランカは数年前まで内戦があったような国で、今はとても平和だが社会インフラはまだまだ整備されていないようだ。例えば街中にあまり信号機が無い。なので警官が交通整理する。また結構な交差点でも街灯があまり無いことをはじめ全体的に夜の街が暗い。道路の整備状況も今一つなようで小さな街を抜ける道は1本しかなく、迂回できるようにはなかなかなっていないようである。なので時間帯によってその道が少し混んだらもうアウト、全然進まない。
 キャンディからコロンボのホテルまで、途中2、3度の休憩を入れつつ5時間ほどかけて到着した。

 ホテルはここ

 到着後、中に日本食レストランがあったので入った(ムンバイ駐在員としては「現地の食事を食べよう!」等とはあまり思わない。日本食屋があれば試すしかないだろう)。時間も遅かったので軽く麺類を、と思い蕎麦だのうどんだの注文したがつゆに出汁が利いておらずイマイチだった。マネージャに聞くと出来合いのスープを使っているとのことだった。それはそれで構わない(何も最高級昆布のかつをぶしから出汁取れとは言わん)のだがもう少し何とかならんか。セットメニューの丼に使われていた「マグロ漬け」は良かったんだが。

 ヒルトンとは言え部屋はそれほど豪華ではなかったが、ちょっと良いサービスもあって、僕はAgodaを通じて2部屋取っていた(ツインやダブル+エキストラベッドで家族3人が入れるような部屋の選択肢が無かったので)のだけれど、これを部屋と部屋をつなぐ非常扉を通じて行き来できる部屋にしてくれ、そのドアを開放してくれたので十分に広い空間を家族で享受できた。これはなかなか便利で良かった。それも含めて全般的にヒルトンコロンボの従業員は感じのいい人が多かった。

 なおスリランカ人が客相手に話す英語は普段からインド英語ばかり聞いている僕にとっては「ちょっと違う」感じがしたが、おそらく大方の日本人にとってはインド人が話す英語より余程癖が少なく聞き取りやすいと感じられるのではないだろうか。


(つづく)






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by t-nakanobu2 | 2012-12-30 20:36

2012年12 月19日(水)

 ああだこうだとインドの悪口ばかり書いているように思われているかもしれないが、これは半分はネタになるから書いているという側面があるのは事実で、毎日毎日嫌なことばかり起きてストレスが溜まってもう嫌でイヤで日本に帰国したくて仕方なくて、という状態な訳ではない。それでも複数の証人(大袈裟な)と僕の意見が一致するところでは、やはりインドに住むと「3ヶ月に一度は外国の空気を吸わないと次第に『イーッ』となってくる」のである。だからタイに買い物に行ったり(買い出しにはシンガポールへ行く人もいる)子供の休暇に日本へ帰ったり、モルジブやドバイへ出る(行きたいなー)人が多いのも頷ける。リセットというかリフレッシュするんである。我ら一家は今度スリランカへ行く。スリランカに行った人は皆「良かったよー」と言う。ローカルの食べ物が辛くて子供には厳しい場面もある、等の話もあるようだけれど牛肉を避けない(ヒンズーではなく仏教国だ)と聞くだけでいいところだと思えてしまう。今度の旅行ではコロンボを中心に日帰りであちこちへ出掛ける。コロンボには日本食のおいしいレストランもあると聞いている。前回のタイから1ヶ月半か。まだイーッとなるには早いがこの年末年始は帰国しないのでせめてこの3泊の旅行で息抜きぐらいしてもいいだろう。楽しめるといいな。




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by t-nakanobu2 | 2012-12-20 02:29 | 日記

2012年12 月15日(土)

 例えば以前にも書いたが我がフラットには日本で言うところの都市ガスは来ておらず、台所シンクの下に高さ60cmほどのガスタンク(こちらではシリンダーと呼ぶようだ)を置きそれをシンプルにコンロ(こちらではストーブと呼ぶらしい)に繋いで使う。昨年ここに入居して8ヶ月間は一人暮らしだったからそれほどガスを使う訳でもなく、1つのシリンダーでかなりもった。シリンダーはどうやって調達したかというと、街のあちこちにあるガス屋へ注文するのが本来のやり方だがそれを僕はやったことがなく、これまで不動産屋のおっさんが適当に発注していてくれたのだ。だから今回予備のシリンダーが無くなったのでまた1本調達しようと思っておっさんに電話した。すると今回おっさんは「サー、カスタマーナンバーは何番ですか」と聞いてくる。なんだそりゃ。知らんぞ。「そんなもん知らん」と返すと「その番号が無いと買えません」と言う。聞いてない。そこから顧客登録、ガスブックという、購入記録を付ける通帳みたいなもんの手配、なぜかシリンダー配達前のガス屋による点検、などが発生し計10回以上も電話し、ようやく昨日シリンダーが配達されてくるまでに1ヶ月かかった。電話でYesと言って実際には何もしない、来ると言って来ないインド人の悪癖を見ること10回以上、もうげんなりする。たかがガスの配達に何それ。でもまあいい。目的はシリンダーを入手することであり入手できたらまずは良しとしなければならない。こういうことはこちらの一般的な日本人家庭ではメイドがやるもんだと思うのだが、ウチはヨメがメイドを拒否しているので旦那が苦労している。雇えば二人とも楽になると思うのだがヨメはどううも酷い英語コンプレックスで、インド人とコミュニケーションを取るのを嫌がっているように見える。困ったもんである。それにつけても普通に生活を営むのに必要なエネルギーの多い国だ、インドは。

 デビットカードも昨日、銀行の支店で入手した。結局水曜、木曜とこちらから電話したがサポセンのおっさんからは一切連絡はなかった。腹は立つが仕方ない。目的はカードの再発行でありそれが入手できたのだから良しとせねばならない。PIN情報ももらった。これは初期暗証番号で、初めて使う際にATM機で自分の好きな番号(日本と同じ4桁の数字)に変更するのだ。カードがActivateされるのは今日だということだから、これからどこかのATMブースでやることにする。

 クリスマスに3泊で予定している旅行の手配も済んだ。色々あって仕事に身が入らない一週間だったがもう年末モードだ。しかしまだムンバイは暑いので少しも「年の瀬」感は無い。ATMの次はJUHUという地区へ行く。娘の発表会である。母娘はもう先に出掛けて今車だけフラットに戻ってきたところ。午後僕も家を出て会場へ向かう。娘はおそらくトゥシューズは履かないことになる。技術的に不安なことの他、ソロの出番でトゥシューズを履くつもり(他の子供と一緒に踊る曲ではバレエシューズを履く)だったところ、曲が一連のものであるため履き替える時間が短く、間に合わないかもしれないという2つの理由による。まあ出し物全体として出来はあまりに良くない可能性もあるが、頑張って踊って欲しいと思う。




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by t-nakanobu2 | 2012-12-15 15:46 | 日記

2012年12 月12日(水)

 今度は10日ほども空けてしまった。その間、忙しいっちゃ忙しいが決して書く時間が全く無かった訳ではない。ただ何となく気乗りがしなかったというか。ま、いろいろありまして。


 ところでインドで(に限らず日本でもそうかもしれないが)キャッシュカードなりデビットカードなりクレジットカードなりを作った場合、カード番号はどこかにきちんと控えておくことをお勧めする。今日会社でYさんに訊いたら駐在4年目のベテランYさんでも(だからこそ?)やはり控えてはいないとのことだったがこれはやっておきましょう。

 8日土曜日、車で1時間離れたバレエ教室へ娘を送り、夕方居住地近くのPhoenixショッピングモールまで戻って来て買い物した。さてモール内で軽く夕飯(日本食はさすがに無いが)でも食べて帰ろうかでもその前にモール内のStandard Chartered BankのATMブースで、この間会社からもらった出張旅費清算のチェック(小切手)をDepositして、あと来週はちょっと現金が要るかもしれないから下ろしておこうとまあ無人のATMブースに立ち寄ったわけである。
 ちなみに日本と違ってインドではまだまだ小切手を使うことが多い。我が社の場合毎月の給与も小切手でもらい、それを銀行に入れに行くんである。Deposit Slipなる用紙に記入して窓口へ行ってもよし、あるいは街中の無人ATMブースには必ずDeposit用の機械が設置してあるのでそれに入れてもよし。機械というのは公衆電話の小さいような見てくれで(受話器は付いてません)、10キーで口座番号を入力した後で横っちょに付いているスリットにチェックを挿し込むと機械内に吸い込んでくれるというもので、これを(たぶん)銀行の人が回収して入金処理をするものである。要はDepositのための受付だけしてくれる機械と言えばいいんではないかと思う。入金された時点で携帯電話にSMSで通知される。
 さてチェックの処理を済ませて次にATMから現金引き出しをと思って操作中、思わず固まった。1回の引き出し限度額は18,000ルピー、今回は限度額そのまま下ろそうとしたのだがカードも現金も出て来ない。機械が停止している。


 故障だ!


 最悪だ。この時点で最初に覚悟したのは「今日中には片付かない」ということである。
 銀行のATMには時々"OUT OF SERVICE"などと書かれた札がぶら下がっていることがあり、見るたびに「なーに故障なんかしてるんだこのインド品質マシーンが」などと思っていたものだが、まさか自分の番で故障するとは・・・

 ATMブースには大抵警備員が付いている。大抵ヒマそうにしている。警備員にまず「カードがスタックしたから銀行に電話してくれ」と言ったら拒否しやがった。「俺は電話しない。銀行と話したければ自分でやれ」これでキレた。「お前1日何してるんだ!お前の仕事は何なんだよ!さっさと電話ぐらいやれ!」別に自分の携帯電話で話せと言っているんではない。ブース内に専用電話があるんである。またこうしたトラブルはおそらく現地人が現地語で話した方が話がスムーズに行くことが多いんである。あんたを雇ってる会社が銀行から警備の仕事取ってるんだろうが。こちらは間接的な顧客だ。なぜ電話の1本ができない。モメているとモールの人らしい人物がやってきて緊急ダイヤルのようなサポート部署に電話してくれた。事情は話してくれたが本人確認など必要なため途中で僕と代わった。

「カードがマシン内でスタックしたから取り出して欲しい」
「それはできません。明日技術者を送って作業させます」

一度キレているから容易に火が点いてしまう。

「今現金が要るから下ろしに来てるんだろうが」
「本日は対応できません」
「事故の対応ができないならなんで土曜日に空けているのか」
「I understand, sir, but・・・・」
「これがあんたら天下のスタチャン銀行のサービスか。あぁー?」
「I understand, sir, but・・・・」
「さっさと機械開けんかい」
「I understand, sir, but・・・・」
「あとブースをさっさと閉鎖しろ。この後間違って機械が動き出したらどうするんだよ。18,000ルピーも取り出してないんだぞ」
「カードは無効化しますので」
「どうぜまたとんでもなく時間かかるんだろう。さっさとカードと金を取り出せ」
「I understand, sir, but・・・・」
「いつ来るんだよ」
「本日は無理です」
「はよ来いや」
「無理です・・・」
「俺が何をした。不都合はそっちに原因があって起きてんだろうが。なんで客がこんな目に合わなあかんのじゃボケ」
「I understand, sir, but・・・・」
「取り出さんかいワレ」
「カードを無効化させてください」
「あんたが現金届けてくれるんか」
「どうしてもということでしたら24時間年中無休でチェックで預金を下ろる支店もありますのでどうか・・・」
「届けに来んかい」

 言いたい放題怒鳴り散らしながらも、内心ではもうやはり今日なんとかするのは無理だと諦めざるを得ない。しかし素直に言うことを聞いていては良い事は何もない。断言できるがそれがインドである。

「お前のボスと代われ」
「しばらくお待ちください」

 ちくしょうめ。負けたか。今日どうにかできないのは仕方のないことのようだ。じゃあ次はできるだけ早く対応させるようにしなければ。

 ちなみにこんなやり取りの間にも一般のインド人がブース内に入って来てはATM機を使おうとする。いちいち説明して使わせないようにする。警備員は全く何の役にも立っていない。仕事する気があるなら他の人間が入って来ないように説明するぐらいやったらどうだ。役立たずもいいとこである。

 ・・・数分待って上司が出てきた。同じようなやり取りをやや落ち着いた口調で繰り返すがやはり今日は無理なようだ。

「じゃあ月曜日に会社にカードを届けろ」
「申し訳ありませんがカードの再発行には5日かかります」
「そんなに待てないね。さっさとやれや」
「では実働3日でやります。水曜日に」
「水曜日に何だ」
「口座をお作りになったChembur支店に届くよう手配します」
「本当だな」
「はい。水曜日に私から再度、支店にカードが届いたことをあなたに連絡します。そしたら取りに行ってください」
「今のカードは無効化するんだな」
「もうしました」
「水曜に連絡が来る。新しいカードを取りに行く。そういうことだな」
「はい」
「じゃあ水曜にカードを取りに行く。連絡しろ」
「はい」
「ところで18,000ルピーはどうなる」
「キャンセルはできないのでその金額を口座に戻すように手配します」
「分かった。カードは水曜日だな」
「Sure, definitely, sir」
「分かった。水曜に電話を待っている」

3日でやることをしつこくしつこく念押しし、これでクレーム管理番号(2種類あって、一つは新カード発行に関して、もう一つは18,000ルピーを戻す操作に関して)とこの上司のおっさんの名前を聞いて終わり、である。
 この間、約1時間半。疲れた。外食する気力も無く金も無く、帰宅して家族でお茶漬けを啜った。


 さて今日。
 それでも放っておいたら連絡が来ない気がしたので、勤務中にサポート窓口へこちらから電話した。自動応答IVRで「○○のご用件の方は■番のキーを」で振り分けられて行く。最初「カード紛失に関して」の番号を選ぶと物凄い早口で殆ど何を言っているかわからんオペレーター(エージェントっていうのかな)の姉ちゃんが出て「ここはエマージェンシー担当の部署だから違う番号選んでよ」という。「担当に転送しろ」と言ってみたが断られ、その代わり「振り出し」の一番最初の分岐点に繋がれた。口座に関してお問い合わせ、とか何とかいう番号を選んで進むとある時点で

「カードに書かれた16桁の番号を入力してください」

 と言われた。また硬直する。そんな番号控えてない。もしかして自分のクレームの進捗を確認する電話すらできないのか。カードはどうなるんだよ。で、切って最初からまたやり直してみる。よく聞くと「カードの番号、もしくは口座番号」と言っている。良かった!じゃあ口座番号は分かるからそれを入力、と。

すると次に

「カードに書かれた16桁の番号を入力してください」

だと。

 人をおちょくるのもいい加減にしろ!

 またキレて叫びそうになる。それが分からんから口座番号入れたんやろが。
 どこかにカードの番号書いてなかったっけ。必要があってカードをスキャンしてPDFを作っておいた、なんてことは無かったっけ。くそー問い合わせすらできないのか。と歯軋りしながら1分ばかり通話状態のままでPC内を検索していたら受話器から声がする。
 よくよく聞くとオペレーターに繋がっている。
 怪我の功名?番号を選ばず入力もせず、放置していたら繋がったの巻、である。
 姉ちゃんにまた土曜日からの事情説明。問い合わせ番号を言って。
 18,000ルピーの戻し処理は済んだとのこと。カードは(制作部署から)支店へ向けて発送されたが・・・今日は無理。って何やとコラ。水曜日にできるって言ってただろうが。じゃあいつ届く?確認して必ず△△氏(土曜日の上司)に今日必ず電話寄越すように伝えろ、と言うだけ言って電話を切った。姉ちゃんは「Sure, definitely, sir」

 で?

 電話は来ない。

 全くお話にならないが、これがインドである。明日またやり直しだ。カードが届くか不安だから。


 ちなみに(今日は「ちなみに」が多いな)9日日曜日、やはり現金が要るということで電話で教わった支店で「チェックを自分宛に切って現金化する」というのを初めて(!)やってみたが簡単だった。これで当座は凌げるが、やはりカードを1日も早く入手しなければ。





 ・・・今日は怒りに任せて大作になってしまったな。





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by t-nakanobu2 | 2012-12-13 02:51 | 日記

2012年12月2日(日)

 程度のもんである。いきなり運動をやりすぎてはいかん。もうだから言わんこっちゃない。

 そもそも活動的な方ではない。今日はテニス、明日はゴルフ、次の休日はキャンプだバーベキューだなどと動き回れないヒトである。そんな僕も中学時代(もう30年ほども前のことなのか。恐ろしや)はサッカー部に所属していた。そのおかげ(未経験者よりマシ、という状況)で就職してからも会社のチームに入れてもらったり、90年代半ばには前の会社からの駐在先ハンブルクで「蹴鞠くらぶ」なる日本人チームで遊ばせてもらったりした。しかしずっと継続してやっているわけでもないし体力は落ちていく。学生時代にはよく足の裏の皮が剥がれて痛い思いをした。走りすぎて踏ん張りすぎるんである。靴の中は汗で蒸れるし。それが年齢とともに走れなくなると皮が剥がれることがあまりなくなった。続いてハーフ30分だの45分だのと試合をする体力が無くなる。試合後半はただ「早よ終われ」と思い続ける状態になる。そうこうするうちに走る持久力だけでなく筋肉そのものとその柔軟性が失われてくる。そしたらとにかく足が攣る。20代半ばはサッカーをやると必ずと言っていいほど足が攣っていた。そして30にもなるともう足も攣らない。攣るほど走れないからだ。その頃会社の遊びサッカーチームでやっていた練習の後、膝が痛くて歩けなくなった。整形外科へ行くと半月板にちょっとヒビが入ったかもしれないですね、とのことだった。半月板の痛みは尋常じゃなく、歩くのも相当しんどかった。そしてそれ以来、10年ほど激しい運動はしていなかった。筋肉に強い負担のかかる激しい運動は僕の高尿酸値体質によろしくいない、という話もあってもうサッカーはできないな、と思っていたんである。ジムに通っても専ら有酸素運動。ジムをやめたら歩くだけ。だから転職後の職場でフットサルをやる、てな話が出ても参加して来なかった。そうこうするうちに今度は年に1、2度ぎっくり腰をやるようになってしまった。インドに来てからは一応気をつけているのでまだ腰痛は発症していないがこの痛みも只事ではない。日本では、座ると痛いのでオフィスのデスクに段ボールを置いて高くしその上でPCを広げ立ったまま仕事して笑われたこともある。
 
 だからいきなりまたフットサルなどやってはいかんのだ。

 昨日土曜日、「日本人学校の保護者つながり」のYaさんにお誘いいただいて、とあるショッピングモールの屋上にできたというフットサル場へ行った。YaさんはPowaiというムンバイ北部の地区(最近日本人が一番多く居住しているエリア)で毎週子供達を集めてサッカー教室をやっておられ、今回は場所を少し変えてやる(そのモールはPowaiから南へ丘一つ越えたあたりにある)のでよかったら来ませんか、とのことだったのでお誘いをありがたく受けたわけだ。朝9時に行ってみると日本人が10家族ほども来て、子供達も沢山いて驚いた。練習そして試合。ありんこサッカー(ボールにひたすら群がる)でもいいじゃないか。僕も久しぶりに子供達に交じって体を少し動かして気持ちよかったし何より子供達が楽しそうにしていたのが良かった。

 で、それが10時半に終わり、殆どの家族が帰り始め、僕も帰ろうかなと思うとYaさんが「これから大人の部があるんですけど」と言う。えー?・・・ちょいと迷いが生じたがここはまあ、やっておかねばなるまい。大人の部には3名ほどを除いて子供の保護者ではなく大人の部のために来た経験者たちが僕も入れたら11人集まった。そこから12時半まで2チームに分かれて試合である。僕は7分マッチ最初の2本でもうダメだった。12月でもムンバイは暑く、屋上は室内ではないんである。無茶苦茶に汗をかき、股関節が重く足が動かなくなり、左足親指付け根は久しぶりに10円玉ほどの大きさで皮がぺろんと捲れ(靴のせいだ)、コケた(一応スライディングのつもりだった)際に人工芝で擦りむいてヒリヒリし、もうダメだと思いながら計4本ほどに出てミスをいっぱいやらかして。

 それに比べてYaさんはじめ10名の方の元気なこと。上手いし。尊敬する。「いやーキツいですね」とか言いながら充実感さえ漂わせている彼らに対し僕の「キツい」は本当にもうだめだーのキツさであった。

 で、今日の明け方から38度ほど熱が出、苦しくて眠れなかった。
 ショック(急激な負担に体が悲鳴を上げたのだろう)と、軽い熱中症だと思う。あちこち痛くて一歩30cmほどでしか歩けないし。今日夜になって熱も下がり落ち着いてホッと一息である。
 運動するって、やりなれてないおっさんはよくよく自覚せねばならない。それは程度のもんである。今回はやりすぎた。良かったのはこれまで10年不安を感じていた膝が痛くならなかったことと腰にも来なかったこと。また誘っていただいたら参加するとは思うが、休み休みやらねばまた大変なことになるだろう。これからはほんとボチボチにします。


>屋上フットサル場。まだ新しくてきれいな人工芝。
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by t-nakanobu2 | 2012-12-03 01:25 | 日記