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2012年11月29日(木)

 バンコクで行き損ねた歯医者の代わりにムンバイで日本人御用達の歯科医院へ行こうと12月8日(土)に予約したがよく考えるとその日は日本人会餅つき大会の日だった。行けないなあ。残念だ。餅は食べたいが予約を変更するのも面倒だし平日は仕事だから土曜日にと考えるとその次の15日は娘のバレエ発表会、その次の週には旅行の予定が入っていて年内は治療を受けられないことになってしまう。仕方ないから餅は諦める。ヨメと娘だけ参加。

 ・・・そうなんである。やや話がそれるが娘の発表会なるものがある。教室の子供達(日本人3名とあとはインド人)が踊る中でソロの部分をもらっている(2分間ぐらいかな)のだが振りがやや難しいようだ。バレエシューズだとまあそこそこできる(課題欠点だらけではあるがまあズッコケずには踊れる)のだが今回はできればポワント、いわゆるトゥシューズで踊れたら、ということで練習していて、ところが日本ではまだ本格的にトゥで踊ったことが無かったのでよりによってインドで本格的トゥシューズデビューになるかもしれないんである。今週に入って宿題を終えた夜に居間で練習しているのだが昨夜も昨夜でできないできないと声を上げて大泣きしながら踊っていた。

 娘よ、泣け泣け。悔しくて泣け。んで練習しろ。

・・・今日は家での練習を「母さんが1日ぐらい休んだら、って言ってる」とかいう理由で休みにしたらしくソファにだらしなく座って漫画を読んでいる。大丈夫か。昨日の涙は何なんだよ。まあそれはともかくギリギリまでトゥで練習しどうしても難しそうならバレエシューズにする作戦である。
 出来がどうなるかはともかく、いい経験になることは間違い無い。それでいいと思う。





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by t-nakanobu2 | 2012-11-30 00:57 | 日記

2012年11月26日(月)

 日曜日の昨日は日本人によるソフトボール大会があった。午前中に日本人学校の生徒と保護者、午後は日本人会の大人の部である。僕と家族は午前中だけ出て帰宅してしまったが。場所は市内のとあるグラウンドで、やや地面は凸凹だが仕方ない。インドにしてはよくできている方だろう。学校のソフトボールは2試合のみ、低学年の部、高学年の部それぞれ赤組対青組の1試合ずつだ。保護者は高学年の部の人数が足りない分だけ出る。我が高学年赤チームには親の枠は一つしか無く、ファーストを1イニングごとに順番に守って一度ずつだけ打席に入ることになった。僕は3人目に登場する親となったのだが、やっちゃったなあ、落球。フライが取れない。へたっぴである。落下点に向けて走りながら「こんなに視線がブレてたら取れるもんも取れない。落とすぞしっかりしろ。でも足腰弱ってるしこのグランドじゃどうしても走りにくいし、やっぱりその昔ハンブルク日本人ソフトボール大会で華麗な守備を見せていた(つもりである)のなんて15年も前だしなあ、などと一瞬のうちに思いが頭の中を巡り、気付くと何というのかグラブの先端部分にボールを当てて落としていた。もう恥ずかしくて恥ずかしくてその後ファーストを守りながら自軍ベンチ(またこれが一塁側だったんである。すぐ左に味方の応援団が・・・)を見れなかった。そのせいで失点するしもう最悪である。なのでせめて打撃で活躍しようと小学生ピッチャー相手に本気でバットを振り回しレフトの頭を越すホームランを打ってしまった。まったく大人気ないんである。さて試合は20対11だったっけ。とにかくすごいスコアで負けた。年に一度の学校のイベント、生徒達は皆楽しみながらも真面目に取り組んでいるのにワケの分からんおっさんが邪魔したような気がしないでもない。ごめんなさい。
 
 でも結構やっぱり楽しいもんだなあ、体動かすって。 


>低学年の部は懐かしの(?)三角ベースでゴムボールを使う。
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by t-nakanobu2 | 2012-11-27 01:59 | 日記

2012年11月23日(金)

 せっかくインドに来たのだからインドの衣装の一つぐらい買っておきたいと思っていた。ヨメも娘も同じ思いのようだったのだが、先日ヨメが黒いサリーを、娘が緑色のシャララを買ってきた。シャララって何かと聞かれても困るが2ピースのパーティドレスのようなもんである。ここのページに少し紹介されている。勝手にリンク貼ってごめんなさい。

 じゃあワシも買うでえ、と先週土曜日にヨメと娘が買ったのと同じ店に行ってみた。Dadar(ダーダル)というローカル度がかなり高いエリアの店である。男物を見せろというと隣の建物に連れて行かれた。店員がインド式に次々と品物を並べて見せてくれる。インドでは色が大きな意味を持つようだが決まりがよく分からない。例えば我が社の財務部長はShahという姓でこれはカースト上位の家柄らしい。彼が着るシャツは大抵紫がかっている(ちなみに一部社員は彼をファーストネームではなくMr.Shahと呼ぶ)。ヒンズーとは直接関係ないがイスラム教徒の企画管理課長YC氏は緑を好んで着る。インド国旗の中の緑はイスラム教を表している。以前住んでいた高幡不動の、お寺の偉い坊さんはオレンジ色(何ていう色だろう)の法衣を纏っておられたがこれも階級を表すものでしょ?とにかくガイジンとしては何色を着ればいいのか分からないので訊いてみる。出してくれているのは茶、白、緑、青などである。だが店員は売れれば何でもいいんだろう。「エブリカラーグッド、パーフェクト」とか適当なことばかり言ってくる。大抵は似合わなくて困る。が、4着ほど試した中で一番マシに見えたのを買うことにした。クルタ・パジャマである。上(つまりクルタ)はやや緑がかった深めの青ベースで黒いパターンが刺繍されている。着るとアオブダイのようである。下のズボン(ってそれがパジャマである)は真っ黒。ふくらはぎがキツいが腰は体重100kgでも大丈夫なぐらい太い。どんな形だよ。靴も黒いのを買った。で、袖丈を直したものを木曜日にヨメに受け取って来てもらった。クルタ8000ルピー、結構な値段である。靴は550ルピー、その場に黒いのが無かったので注文しようと思ったら「2日で作る」と言っていたので「早いな」と少し嫌な予感がしていたのだが案の定学芸会の衣装として間に合わせで作ったみたいな(事実あちこちボンド付けしてある)安さ丸出しの靴だった。550ルピーだから仕方ないかもしれないが、これは履いて表に出られないな。あとドゥパッタという長いスカーフみたいなのが280ルピーでそれも黒。これはだらーんと首に巻いたりする。
 年明けに日本人会の新年会があるが、そこには今のところ家族でインド服を着て行くつもりにしている。青黒緑家族である。きちんと着たら写真を撮りたいと思う。一生の中でその時以外に着る機会はきっと無い。インド記念である。




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by t-nakanobu2 | 2012-11-24 01:15 | 日記

2012年11月17日(土)

 先週は9日金曜日夜に会社からYさんとともに直接空港へ向かいバンコクへ行った。14日(水)の夜中戻り。バンコクのホテルには4泊。ディワリのこの季節、直行便が取れずYさんのおかげで裏技を使いどうにか行くことが出来た。大きな声では言えないがバンコクでは主に食料品を買う。そこには肉類も含まれる。バンコクでのチェックインの際に「そんなもん外国へ持ち出してはいけません。入国できないですよ」とカタいこと言ったりするキャリアは嫌だがタイ航空はそういうことが無いので買出しツアーではできるだけタイ航空を使いたい。エア・インディアは嫌だ。実はいまだにAIは利用したことがないので好きも嫌いも無いのだが乗らずに済むなら済ませたいと思っている。インドのキャリアで国際便ならジェットエアウェイズを使いたい。でも荷物に関してどれだけ寛容だか未知数だ。その他スケジュール都合なども併せいろいろ考えるとやはりタイ航空がいい、ということになるが今回ムンバイ⇔バンコク便が取れなかった。裏技というのはハイデラバード経由というもので、これは思いつかなかった。なので19:25発の国内線に乗るために17:00に会社を出た。家族は家族でフラットから別に空港へ向かった。会社を出て空港まで、通常長くても1時間半見ていればよく、うまくすれば1時間程度なのだがこの日は道路が超絶的に混んでおり2時間近くかかってしまった。チェックインカウンターは45分前には閉じてしまう。車内で焦りまくりである。先に到着していたYさん婦人Tさんが我々2人の分も含めチェックインしてくれていなければ亭主2名はタイに行けなかったかもしれない。恐ろしや。なんとか預け入れ荷物を閉じたカウンターにねじ込んで搭乗ゲートまで走り事なきを得た。・・・そしたら出発遅れやがんの。そしてハイデラでの出国時、ヨメのResidential Permit書類に何が書かれていないだのとイチャモン付けられて(FRROでもらった正式書類やっちゅうねん)半キレしたりいろいろあったがまあ結局は無事に行けたわけだ。
 

 繰り返しにきっとなってしまうからあまり書かないが、バンコクはいいとこだ。住みたい!
 我々は日本からの旅行者とは違い、ローカルの風物に触れることよりも日本食材を確保することの方が重要で、食事も日本食をできるだけ食い溜めしたいと考える。

 今回、夜に食べに行ったレストランは、

・焼肉 一休 (「日本村」近く。焼肉。ロースが残念すぎた。もう行かなくてよいと思う。)
・日本料理 葵 (エンポリアム。料亭?というか居酒屋というか。刺身が絶品。特にカンパチ。)
・ビストロ Bouchot("ブショー"、エンポリアム近く。十数年ぶりに食べるムール貝の白ワイン蒸しに感激。)
・寿司 鮨忠 (トンロー。う・ま・い!)

である。昼メシには大戸屋とかラーメン屋とか。最終日の昼に食べた醤油ラーメンなどはモロに業務用出来合いスープの味がしたがそれでもおいしくいただいた。

 買い物は食品なら伊勢丹とフジスーパー。フジスーパーは前回工事中で1号点に行けなかったが今回は通路1本ずつ舐める様に歩いて買い物した。着るものは主にローカル感のかなり強い「MBK」というところに初めて行ったが安くて混雑していてやや怪しくてなかなか良かった。本もあちこちで。あとは土産にNaRaYaのかばんなど。ああ、散財。でも仕方ない。しっかり羽を伸ばした休日だった。


 そうだ1件、今回はバンコクで歯医者に診てもらおうと事前に予約しておいたのだった。プロンポン駅から近いPというクリニックである。12日を指定するとメールで「その頃には今の場所から移転して新しいところで開業しています。地図を送りますのでそこへ来てください」と事前に言われていたのだった。ところが指定の時間にタクシーでその地図らしきところへ到達したが歯医者など影も形も無い。運ちゃんに近辺を走り回ってもらったが分からない。近所と思われるビルの駐車場管理人のおっさんにも聞いてみたけど分からない。1軒、何やら建築工事中の現場があったので入ってみると何とそこに歯医者のあの椅子(治療台)がビニールを被った状態でいくつも置いてある。ちっくしょーう。まだ移転完成完成していない・・・どころか工事の様子からするとどう考えてもあと3週間ぐらいはかかりそうな状態である。何が12日だ。まるでインドのようないい加減さである。現場敷地の塀にはビニールにプリントした大きなバナーが掲げられていた・・・というかそれも良く見えない状態でしわくちゃになっていたのだが、広げて見てみると「15日オープン」と書いてあり、連絡先の電話番号も書かれている。当然かけてみる。が繋がらない。腹は立ったがしょうがないのでタクシーでホテルに戻り、今度は移転前の元のロケーションを訪れてみたが、そこももぬけの殻で、さっきの工事現場と同じバナーが貼りつけられている。これでは連絡のしようが無い。なのでもう診療は諦めた。しかしタイで、日本人も多く訪れるらしい歯医者にしては信じ難い対応であった。もうインドの歯医者でいいや。



>Bouchotの入り口。階段を降りて正面はバー、左手にレストラン入口。もちろん中では繋がっている。
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by t-nakanobu2 | 2012-11-18 00:35 | 日記

2012年11月8日(木)

 来週はお休みウィーク、ディワリ(興味ある人は検索を)である。我が社は13、14日と休みになる。
 
 そこで恒例(?)のバンコク行き!食料買い出し旅行!!である。

 例によってYさん一家と一緒に行く。明日の晩発って14日に戻る。天国のようなバンコクで買い物しゆっくり過ごし、英気を養って戻る。戻ったらハードワークである。前回外国に出たのは7~8月の日本だった。そこから3ヶ月。インドの垢を落として気持ちをリフレッシュしたい。楽しみだ楽しみだ楽しみだ。

 焼肉、寿司、刺身、天ぷら、ラーメン、とんかつ、たまごごはん。

 太ってもいい。おいしいものを食べたい。


 戻ったら更新します・・・
by t-nakanobu2 | 2012-11-09 02:01 | 日記

2012年11月3日(土)

 胃が痛い。
 胃酸過多、胃壁の荒れ、潰瘍の系統の痛みである。空腹時に出る。
 前には書いてなかったっけ。最近物忘れがひどいからなあ・・・書いた気もするが再度。書いていた場合、今回は多分、多少「盛る」ことになってしまうかもしれないが気にしなーい。僕は2004年に転職して今の会社で働き始めたが、その翌年、2005年に十二指腸潰瘍でひっくり返ったことがある。その日は会社で何やら気分がどうにもおかしいと感じて上司に早退を願い出、4階の居室から階段を降り始めたらもういきなり目の前が真っ暗になり手すり無しでは立っていられないような状態になった。医務室までどうにか辿り着いてしばらく寝かせてもらい、その後頑張ってバス電車タクシーと乗り継いで家まで帰り、後に痛風の薬を処方してもらうことになる近所の医者へどうにか行ったところ府中市のとある病院を紹介された。早速その病院へ行くと軽いノリの医者が救急外来(もう時間外だったで)の診察台で僕を軽く診察し「あー多分潰瘍だね。多分胃の近くのどっかの血管が破れて血がピューって出てると思うよ(「ピュー」のところは放物線を描く指の動き付きである)。ところで悪いんだけどワタシ内科なんだ。ちょっと待ってて。すぐ外科が来るから」とまあなんだかなあの医者だったがこの見立てはその後来た外科医と同じだった。ただその日僕は大丈夫だから一度家に帰らせてくれ、明日また来るからと言って帰宅させてもらった。入院するにしても一度帰って準備した方がいい。ヨメにも話さないといけないし。
 その夜である(血の話をするだけで気分が悪くなると言う人は読まないように)。
 自宅で寝ているとどんどん気分が悪くなってきてトイレで吐いた。が、出てくるのは真っ黒いドロドロの液体である。血だ。胃酸で焼けて黒くなった血を吐いていた。目の前は暗くてぐるぐる回っている。便意も催して排泄したが出てくるのはやはり真っ黒いドロドロの液体だった。これは後に「タール便」と呼ばれるものであることを知ったが要はやはり血である。破れた血管から胃腸へ血液が流れ出し、胃に溜まれば吐く、下へ行けば下から出るという訳だ。何度も何度も吐いて何して。上下から黒い液体を出しまくりながら「もしかしたら死ぬのかな」などチラと思った。でも意識がなくなったわけでもなかったし救急車を呼ぶことはせず少し眠った。次の日まだ生きていたので病院へ行き早速入院した。9泊だったかな。潰瘍が大きめの血管を傷つけてしまったとかで、内視鏡的止血術という手術を受けてその後ずっと寝ていた。ちなみに後で医者に聞くと、出血量は「もう少し出てれば輸血かな、というところ」だったそうで、つまりまだもう少しは大丈夫だったはず、ということだ。本人的には人生で一番死に近いところにいた、という感触だったのだが。
 さて原因はいろいろ考えられるが、大きなのはピロリ菌。あとはストレスだったろう。それまでにも数ヶ月に一度の頻度で空腹時などに胃の辺りが痛むことはあったが放置していたのが悪かった。さっさと専門医に診てもらっておけばよかったのだ。

 ピロリ菌を除菌して以来、この種の痛みは殆ど起こらなくなったんだが。今週久しぶりに出た。今週とても強いストレスを感じて過ごしていたせいか。或いはほぼ直った風邪の断末魔が胃に来たか。日本ならとりあえず医者に行けばガスターが出るところだ。ガスターとは違うが市販薬では大正製薬の「アバロン」が効くと経験的に知っている。あとは「あかぶくろ胃腸薬」である。アバロンを1箱持ってきておいて良かったが今週半ばから日に2度3度と服用しているともう在庫が心許ない。余裕が欲しいな。なので今日その主成分である「ソファルコン」を入手できないかと最近お馴染みの薬局で聞いてみたら、店員が店の奥からカプセルが10個入ったシートを2枚持って来たはいいが、僕に見せるなり「Expired」と言った。何だよそれ。期限切れの薄汚れた銀色のシート。確かに「Sofalcone」とは書いてあるので品物としては確かにそうなんだろうけど。「古い薬は要らん。新しいのいつ発注するの?」と聞いてみたら「明日にでもする」という。知らんがインドの製薬は日曜日も受注するんだろうか。まあいい。「じゃあ来週買いに来るからな」というと店員は「OK、OK」と安請け合いしていた。これは危ない反応(入荷しない可能性が高い)だが仕方ない。
 今調べてみたらガスターのジェネリックなのか成分の名称なのか「ファモチジン」というのがあるようだ。SofalconeがダメならGasterかFamotidineが入手できるか聞いてみようと思う。
 それまではアバロンで凌ぐ。今のところアバロンは効いてくれている。




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by t-nakanobu2 | 2012-11-04 02:12 | 日記