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2012年8月26日(日)

 居間のエアコンの温度設定と風量調節ができなくなりそもそも起動するにもリモコンが効かず食卓に登って手を伸ばしメカ的にスイッチONしないといけなくなって2週間ほどが経った。のかどうか。もういつ何が壊れたのか覚えていない。このブログの読者にこれからインドで暮らす人がいたら忠告させていただきたいがインドでは何もかも正常に作動し順調にあるいは約束通りに事が運ぶことは殆どないので諦めが肝要だ。さてこのリモコン作動不良の件ではこの間何度か不動産屋とやり取りがあったが住み始めて僕も1年、というのを節目にエアコンのメンテナンス契約をしてくれと言われた。そんなもん聞いとらんが周辺のインド人に尋ねてみると割と一般的なものらしい。不動産屋の紹介してくれたメンテ業者の提示価格はエアコン1台につき年間2000ルピー、これが高いのか安いのか分からん。社内のインド人に相談すると総務系事務員であるAさんが業者との間に入って折衝してくれることになり、どうやら別の業者と1台1500ルピー+サービス税(12.36%)を支払うことで落ち着きそうだ。ただ契約書をいくら読んでもどのような不具合がカバーされるのか書かれていない。今抱えている不具合に対しても部品代が取られると言う。一体何が利点なのかイマイチ分からんがとりあえずそれほど高い金額でもないので入ってみる。と言ってるうちに何度目かの浄水器の修理時に設置された水圧系のメータが故障したのか時々ギギギギギと物凄い音を立てるようになり、客間付属の浴室の壁のヒビから蟻が出るようになった。浄水器は騙し騙し使うことになる。ヒビは今日壁用セメントを捏ねて自分で埋めた。

 娘が通っていたAndheri West地区の小さなバレエ教室は6月から長い夏休みに入っていたわけで8月になれば再開の連絡をすると言っていたにも関わらず何の連絡もなく、ヨメが同じ教室で学ぶ日本人生徒のママに聞いたところ先週末から再開していたようだと言う。こういう部分で「きちんとした(=日本では当たり前の)」ただ1本電話で状況を知らせる、といったことがインド人には出来ないことが非常に多くイライラする。さて再開した教室に昨日行ったが元いたインド人男性唯一のバレエダンサーだという触れ込みの先生がいなくなっていた。夏休み中に韓国のバレエ団への就職が決まりもう教室はヤメたそうだ。はいはい。ご勝手に。とりあえず今後8回分のレッスン代(別の先生による)は支払ったがぼちぼち次の教室を探さなければならない。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-26 23:35 | 日記

2012年8月20日(月)

 本社のK課長とは香港で初めて出会った。K課長はその当時香港にあった部署でアジアにおけるビジネスの責任者というポジションにあり、ぼくはそのサービス部門の兵隊として赴任したのだった。2008年のことである。
 K課長と交わした雑談で何故か忘れられないでいる話題が一つあり、それはVindalooに関することだ。上手く説明できないがヴィンダルーとは凡そこんな感じのもの

(→http://www.indonoaji.com/products/vindaloo.html)
(→http://majin.myhome.cx/pot-au-feu/dataroom/cooking_method/india/vindaloo/vindaloo.html)

で、まあカレーの一種と言える。
 K課長はその昔イギリスに駐在した経験があり、確かそこで食したインド料理のVindalooというものが辛くて強く印象に残っている、といった話だったと思う。重慶大厦の怪しいインド料理店で激辛カレーを食べながらの会話だったかもしれない。ちなみにその時のカレーは本当に辛くて一緒に食べていたEさんが腹痛のため次の日会社に来られなくなってしまったほどだったがそれはさておきその激辛カレーが余程強烈だったせいかVindalooという名前が僕の中に残っていたのだった。Vindalooは一説によるとポルトガルからインドのゴアに伝わった料理ということなので、もしかするとそこからイギリスに輸入されたなんて歴史があるのかも知れない。

 インドにも出来合いの袋入りカレーソースがあり、その中にVindalooという名の商品もあることを某スーパーで見つけていた僕は昨年出張で一つ買って帰りK課長にお土産として渡したことがあったのだが、彼は律儀にもそのソースを使って自宅で手料理を何度か試みてくれていて、食べた家族の反応がどうだったなどのほんわかした話題で今般の帰国出張の際にも話していたのだった。


 といった経緯から、ゴアに行くことがあったらVindalooを食べてみなければならない、と以前から思っていた。

 そしてこの週末、家族でゴアに行ってきた。もちろんVindalooを探す旅ではなく観光地保養地であるゴアで2泊を何もせず全くの無為に過ごし頭を空っぽにして8月後半にリフレッシュした気持ちで仕事を再開するために「ゆっくりしに」行って来たんである。
ホテルはインドにおける安心のブランド(?)のTajである。

ちなみにここから予約した。
(→http://www.agoda.jp/asia/india/goa/vivanta_by_taj_fort_aguada.html?asq=tTV61kpH2VxCUAEC0RxaLyEkuQO%2b%2b4KrQJGDrVfyGcSx1GF3I%2fj7aCYymFXaAsLu)

で、この旅はホーントに良かった。何もしない贅沢!部屋でごろごろして、本を読んで、プールに入って、メシ食って酒飲んで寝ていればいいんである。こんな天国のような暮らしをしてみたかった。思えば我ら家族はゆっくりする旅行など殆どしたことがなかった。何も考えないのがこんなに快適だとは。


 金曜日だけ休暇を取り、朝5時40分の便でゴアへ。空港へはホテルから迎えが来ており約1時間バスに揺られて9時前にホテル到着である。満室のためチェックインは昼前まで待たされたがロビーからの眺めにまず癒された。チェックイン後は昼飯を食ってプールで遊ぶ。残念ながらインドの海岸は海水浴に適してはおらずアラビア海は意外なほど波高いし水も青く澄んではいないがそれも景色として十分にアリである。

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 その昼飯のバフェで、あったよChicken Vindalooが。

 このVindalooは、思っていたよりもずっと「辛くない」。弱めの辛さと酸味を感じる味で肉は骨付き鶏肉、ややシャバシャバ系でしつこく無い。長粒米との相性は悪くない。これがどれほど正統的な料理なのかは知らないがTajホテルで出されるくらいだからそれなりのものなんだろう。大好きなMahesh Lunch Homeの蟹カレーほど美味いものではなかったがまあ十分じゃないかと思う。ただ全般的にはこのホテルは朝・昼のバフェがもう少し充実しておればなあとは思うけれど。
 
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 さてVindalooも食べたし午後はプールで泳いて部屋で昼寝である。そして夜はホテル周辺の散歩のあとホテル内のシーフードレストランでロブスターその他の焼き物をいただいた。海鮮のスープ共々誠に美味であった。

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明くる土曜日は昼前からタクシーを借りて市街へ出掛けた。ほぼ何も下調べせずに旅行に出てしまったのだがゴアというのは州名でありゴアという市があるのではない。中心となる街はパナジ(パンジム)という、と「地球の歩き方」には書いてあるがホテル従業員を始め現地人はパナジではなく「パンジム」と言っていた。ほぼお任せで乗ったタクシーはまずオールド・ゴアへ向かった。このエリアにはボム・ジェズというキリスト教会がある。外見は煤けて汚いが中は立派で驚いたことにフランシスコ・ザビエルの遺体が安置されていた。棺の中は見えないが展示写真によるとミイラ状態になっているようだ。こんなところでザビエルに会うとはなあ。とその昔の歴史の教科書に載った肖像画など思い浮かべてみたりした。ゴアに眠っていたとは知らなかったがいずれにしても凄腕の宣教師だったようだ。隣の敷地には「アッシジの聖フランチェスコ教会」と「ス・カテドラル」がありこれらも立派な建物だった。


>ボム・ジェズ教会
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>ザビエルの遺体が右上の棺に・・・
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 その後パンジムで昼食(某中級ホテルのレストランを運転手に紹介された)を摂ったがそこでも鶏のゴア風カレーを食べてみた。メニューにはVindalooとは書かれていなかったが多分似たようなモノなんではなかろうか。と思っていたらTajのバフェより辛味が強く酸味は弱く、「日本の」本格カレーに少し近い香りを含んでいて僕としてはこちらの方が好みだった。次にはK課長の作ったものを食べさせていただかなくては。

>パナジ教会。残念ながらクローズしていた。
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 さて贅沢に時間を使ってホテルへ戻るとまた夕食前のプール、夕食はホテル内のイタリアン(パスタはまずまず、前菜のホタテが美味かった)でワインなど飲んでご機嫌である。もしかするとNintendo 3DSも持ってきていなかった娘は退屈だったかもしれないが僕はもうだらけた時間を過ごすのが快適で心地よくてこのままずっとふやけていたいと思った。
 
 最終日はまたチェックアウトまでだらけた時間を過ごし昼飯にサンドウィッチなど食べて終了、ホテルのバスで空港へ向かいムンバイに戻った。
 
 今日月曜日はまた祝日でお休みである。金・土・日とリフレッシュできたのでさて明日から頑張る・・・つもりだったが水は低きに流れ弛んだ精神はなかなか緊張を取り戻せずにいる。まあぼちぼちやるさ。

 ちなみに家族3人、朝食3回、昼食2回、ディナー2回にタクシー代(約5時間)でおよそ21000ルピー、約3万円ほどが宿泊費以外の費用である。まあこんなもんだろう。まずは上出来の休日だったと言わねばなるまい。安宿を泊まり歩くバックパック旅行はやりたくないが、こういう贅沢なのならまた行きたいと思う。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-20 19:53 | 日記

2012年8月14日(火)

 どうやら本日、このブログにお越しいただいた方の延べ人数が7000名を超えたようだ。



来てくださった皆さん、どうもありがとうございます。
これからも細々と続けて行き、、、ます。たぶん。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-16 23:38 | 日記

2012年8月13日(月)

 会社を5時に出てムンバイ空港へ向かった。定刻より早くヨメと娘が出てきた。結局成田での荷物の超過料金は3000円で済んだしインド入国の際にややこしいトラブルに巻き込まれることもなく無事だった。よかったよかった。

家族よ。またインド暮らしだぞ。気合いだ気合い。


って言ってる自分がもう疲れているのであった。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-16 23:34 | 日記

2012年8月11日(土)

 日本への旅は出張が絡んでいたので往復の航空運賃は会社から出る。宿泊費は大阪でのものなど除き出社した3日を本来の出張期間と考えそれに相当する分を請求する。それでもその他買い物が大量にある。大阪への旅費宿泊費と全ての外食費も入れて自腹総額はこちらの手取り月給の2か月分ほどにもなるがそのうち今日ヨメから先週僕の帰国間際に渡した12万円ほどの金を使い果たしたと泣きの電話が入った。ヨメによると金が足りないのは僕がケチケチして日本の銀行キャッシュカードを渡さなかったのが原因だという。違うだろ。挙句の果てに成田で超過料金を取られることになった場合払えなかったら放棄し捨てて来るとか言う。何キレてんの。荷物はカネだぞ。捨ててどうする。


 ヨメからの電話の最中にエアコンの修理屋が2人組で来た。ところが何としたことか、今朝まで数週間使えなかったリモコンが修理屋の前で機能しているじゃないか。ヤな感じだ。修理屋が「ドライバー持ってるか?」と聞いてきたのでキレた。修理屋が工具持たずに何しに来るんだお前技術者だろうと言うとじゃあ車まで取りに戻るという。またアカン修理屋に当たってしまった。2人組は問題のリモコン回りは触れずにフィルターの掃除とかだけやっていた。居間のエアコンだけは室外機も何やら清掃していたようだが掃除前後で別に変化は無い。風量調節も相変わらずできないし設定を30℃にしても動きっぱなしだし。リモコン受光部の基板に何かしら不具合があるのはほぼ確実なので「代えろと言ったはずだが」というと「部品が無い」という。話しても無駄なのでもう放置である。さすがに「来週部品持って来る」と言ってはいたがどうなることか分かったものではない。
 次いで水道屋、Plumberが不動産屋のおっさんと一緒に来た。流れの悪い原因は風呂桶の脇にある配水管(蓋が付いていて開けることができる。日本の風呂場にもあるのと同じ)に髪の毛やら何やら溜まっていたことでこれを清掃して終了となった。また風呂桶の排水溝自体はあの「スッポン」(正式名称は知らん)で何度かやってゴミを吸い出していた。簡単な処置だが原因究明から終了まで手際よく何も腹の立つことは起こらなかった。それだけのことなら自分でできないことも無かったのでやや反省しなくもないがここは分業の国なのでやってくれるならやってもらえばいいんである。
 その後買い物に出たが目当てのスーパーが漏電か何か知らんが電気系統のトラブルのため客を入れてはいかんことになっていたので別の店へ行った。ヨメはゴーヤを食さないので食べる機会のなかなか無いチャンプルーを作ろうと(但し豚肉ではなく鶏ミンチを使う)ゴーヤを買って帰ったのは良いが豆腐を忘れた。紙パック入りの長寿命豆腐が台所のどこかにあるはずだと思って探したが見つからない。じゃあちょっと買ってくる、ことができないのがインドである。なので夕食は「鶏ミンチとゴーヤの和風炒め」となった。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-16 23:30 | 日記

2012年8月10日(金)

 4日にインドへ戻って5日日曜日は少し買い物に出た程度で月曜日から仕事しているが今抱えている事務仕事の煩雑さに日本でリフレッシュした気持ちは消し飛んでしまいいきなりイライラでおかしくなりそうだ。昨日と今日は出張でデリー、また新規の取引先へのトレーニングである。昨日は4時に起きて空港へ向かい一日喋って疲れ果てた。またよく質問してくれる社長でそれは良い事なのだがしたり顔でどうでもいいような細かい点ばかり質問されるといい加減鬱陶しくてあまりまともな返事もしなくなってしまう。いかんいかん。昨夜ホテルにいると部門長S氏から電話があり「そこのホテルは食べ物もいいしなかなかよろしい。エンジョイ!」と景気のいい電話があったが実際には特に何が美味いわけでもなくビールすら置いてなくまたいつぞやのように風呂で泣かされた。今回はそれなりのお湯(ぬるいけど)は出るのだがその量が少ないこと少ないこと。定量的なデータは伝えられないが感覚としては欲しい水量の4分の1ぐらいか。ジャーじゃなくてチョロチョロである。仕方ないので水を混ぜるともう寒いし。次回はもっといいホテル、というか普通に過ごせるホテルにして貰おうと思う。インド人のスタンダードは全く日本人のものとは違うのだ。

 デリーは首都だけに警察官も多いと聞くが治安は悪いと専らの評判である。大規模テロはムンバイで起きたけれど、例えば夜に一人歩きするのが不安、といった意味での治安はデリーの方が随分悪いようだ。昨日ホテルへ戻る際にオフィスの外まで見送ってくれた従業員が僕のカバンを見て「サーちゃんとカバンは閉まってますね」と聞いてきた。「まあ大丈夫でしょうが、ここはデリーですからね」・・・なので少し気合を入れて周囲にも気を配りつつホテルへ戻ったのだった。

 今日は1日ちょっとしたアクシデントで100%仕事が終了しなかったのは残念だが概ねOKだろう。タクシーで空港へ戻り今搭乗開始を待っている。帰宅は深夜12時頃になる予定だ。疲れるのう。




>Nehru Placeの雑踏
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by t-nakanobu2 | 2012-08-12 21:54 | 日記

2012年8月9日(木)

 出張でデリーに来た。

 前のエントリーで書き損ねたので恥を忍んで告白すると日本からインドに戻る際に成田で荷物を1アイテム没収された。風呂の排水管が詰まりかけ、みたいなことをさらっと書いたが実はもうすぐにでも完全に詰まってしまったらどうしよう(まあ実際にはしばらく大丈夫だろうけれど)という思いは強く、日本でパイプクリーナー液みたいなのを1本買っていて、それをトランクに詰めていたのだがこれが引っ掛かった。多分空港のスクリーニング装置は液体物の成分までは判別しないはず(と思っているけど違うかな)なので、プラスチックのボトルに貼られたラベルにあった文字「まぜるな危険」を読まれてしまったんではないかと思っているがどうだろう。分からんな。ラベル剥がしときゃよかったのかな。このささやかなブログをお読みいただいている皆さんは危険物をトランクに入れて運ぼうとした経験は多分無いと思うので僕のケースを紹介しておこう。出国後の免税エリアをぶらぶらするのも飽きたので搭乗口へ向かいまずはそこのトイレで用足し、と思っていたらおもむろに呼び出しコールがかかった。「ANA943便でムンバイへお越しのtnakanobu様、いらっしゃいましたら搭乗口カウンターまでお越しください」とか何とか。行くと係員の女性がニコニコしながらもきっぱりと言う。「受託できない荷物が入っていたようです。係の者がおりますのでお越し頂けますか」この「受託できない荷物」の言い方が結構キツめだったのでああこれはちょっとヤだなと思った。で、どこに行けばいいのかと言うとそのカウンター裏でよく、そこには少し前にチェックインしたはずの僕のトランクが置いてあり、別のお姉さん(ANA係員じゃなくて空港職員なんだろう)がまた説明してくれるわけである。「鍵を開けていただきます。一旦鍵が開きましたらお客様は荷物に手を触れることはできません」なーるほど。麻薬の包みをがばと掴んで逃げ出す奴がいるから?か何か知らんけどこれはもう「アカンことした人」への対応だろう。まあ実際にそうだったんだから仕方ないか。お姉さんにはもうトランクのどの部位ににアカンものが入っているのか分かっているようで、開けるや否や何の迷いもなく「ここですね。これです」とビニール袋に包んでいたプラスチックボトルを取り出した。僕の背後ではANA係員のお姉さんも成り行きを見ておりきっと「こいつ何したの?」「逃げたら撃つわよ」(それは無いけど)という顔をしてたんだろうか。日清どん兵衛を入れてたことも見られたがそんなことはどうでもよくとにかく「これは廃棄です」という職員のお姉さんに「あ、ああ、はい」的な返事を返すことができたのみであっけなくその場は終了したのであった。その他消毒アルコールやらシャンプーやら水ものをやたら多く入れていたから目立ってしまったのかな。とにかく残念だ。インドでパイプクリーナーを探さねばならない。

 ということで昨日になって不動産屋にエアコンの修理の件と一緒に排水詰まるの件もメールしておいたのだが今日になって担当のおっさんから「土曜日に行きます」という電話があったところである。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-12 00:32 | 日記

2012年8月4日(土)

 蕎麦を食べそこねた。
 今日、日本最後の食事は成田での遅い朝食、なぜか出発階のレストラン街の中にあるお茶漬け屋「えん」しか頭に無く、鯛茶(美味かった)を食べ終えてから「そじ坊」に目が行ったがもう遅い。思えば「たまごごはん」(世間一般では「たまごかけごはん」と呼ばれているようだがウチの実家では昔から「たまごごはん」である。語呂もいいので全国的に「たまごごはん」に呼称統一されないだろうか)も今回の帰国では一度しか食べていない。ややしくじった感がある。

 食べ物は帰国イベントで最大の楽しみである。28日は帰国早々寿司を食べた。2日目にはヨメの具合がやや悪くなってしまったので29日は娘と二人で八王子駅前「坊の房」で焼き鳥を食べた。久しぶりのレバ半は相変わらず美味く普段内臓は食べない娘も気に入った様子だった。30日はやや体調を持ち直したヨメも食べるというのでパワーを付けようと鰻を食べに出かけたが事前に元いた部のO課長に恐れ多くも調べてもらった鰻屋はなんと今年の不漁のせいで休業していた。仕方ないので代わりの店を探し、旧八王子そごうのビル内に1軒あるのを見つけてなんとか食べた。代理の店とはいえ満足である。31日は前のエントリーでも書いた寿司、1日は訳あって夕食時間がどうしても遅くなり、娘を連れて居酒屋へ繰り出すのもどうかということでファミレスしか選択肢が無かった。残念。


 親父は長くパーキンソン病を患っておりその影響で転倒、骨折などあって入院している。親を病院に見舞うのは辛いが母親と姉が毎日のように病院で世話を焼いているのに偶にしか帰国しない僕が会いに行かずにどうする。幸い今回は時間が取れたので2日家族とともに大阪に移動し午後病院へ行った。約1年ぶりに会う親父は思っていたより元気で少しだけほっとした一方でもう退院しても外出は専ら車椅子になってしまうだろうという事実にはいたたまれない気持ちになる。しかしそれでも一時よりは余程回復したようだ。親父よもう少し頑張ってくれ。
 実家は学研都市沿線(なんて言わずに片町線でいいじゃないか!)、ホテルは京橋、病院は近鉄長瀬、なのでその夜はどうしても鶴橋に出るのが僕らにとっても母・姉にとっても都合良いことになる。そこからどうするか。京橋で何か食べるのが楽だったがこんな機会もなかなか無いだろうと思い天王寺へ出た。その昔火事を出す前から度々食べに行っていた懐かしの焼肉「平和」である。ここは決して高級焼肉店ではなく大衆店と言って良いが久しぶりに食べても美味かった。東京で住んでいた街にも焼肉屋はあったが平和の方が安いし余程美味い。申し訳ないが勝負にならない。牛肉に飢え脂身に飢えていた我ら家族には塩タン以下ロースバラカルビその他の味わいは天国的であった。生センも久々に食ったなあ。母親も姉も美味いと思ってくれたようで良かった。
 
 と書いてきて思ったが蕎麦の一度ぐらい惜しむのは止めよう。蕎麦はまた次回。年末になるのか3月なのかはたまた別の機会になるのか。昼食に天ぷらを食べた日もあったし今回の日本滞在中の食生活は合格点とする。

 あ、次回は吉野家にも行かないと。牛丼と蕎麦とたまごごはんをもう一度。もし冬場だったら鍋もだ。何だかんだ言って世界で一番美味い食べ物はてっちりかもしれないと密かに思っている僕にその機会がありますように。法善寺浅草かな。太政かな。しゃぶしゃぶもいいな。すき焼きかな。美々卯にも行きたいな。法善寺なら銀平にも行きたいな。夢はどこまでも広がって。


 そしてまた辛く厳しいインド生活へと戻るのである。


 出発直前に居間のエアコンが故障したし、風呂の排水管の流れが悪いし。帰宅したら家中の電気製品が動くかどうか調べることから始めないといけない。やれやれ、しんどいが一応リフレッシュできたことだし、なんとか頑張らなくてはいけない。と機内で書いてる8月4日は奇しくも1年前の赴任のフライトと同日、なんと1周年記念日なのだった。



親父よ。毎日ちゃんとリハビリするんだぞ。
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by t-nakanobu2 | 2012-08-07 01:07 | 日記

2012年8月1日(水)

 先月27日(金)ムンバイ発のNH944便で28日に成田に着いた。バス、タクシーを乗り継いで昼過ぎに京プラ八王子に到着、早速大戸屋で昼飯を食べたがこの時は当然の如く白飯に生卵をプラスした。くどいが説明するとインドで生卵を食べるには死ぬ覚悟が要るからこれは日本でしかできない贅沢なのである。続いてリスト化した物品のうち医薬品などを買いに出る。日本は暑い。冗談ではなくインド人もびっくりだろう。この時期ムンバイの最高気温は30℃程度だと思うが東京は35℃、カッと照り付ける陽光の強さはモンスーンのムンバイには無いものだ。湿度はムンバイの方が高いだろうけれど。29日にかけて散髪や買い物で過ごし散財、但しそれらはほぼ全て特別な贅沢のためではなく衣料や日用品の買い物である。30日から3日間は出社し色々とアドバイスを受けた。要はしっかりせいと言われに帰ったようなものだ。

 31日夜には元いた部の若手と寿司を食いに出かけた。20代前半から中盤といえば僕は前の会社でドイツにいた。前の会社へは海外へ行きたくて入りその結果海外へ行けたのだから幸せな選択だったろう。当時は何も考えてはいなかった。何も考えずただ目の前の仕事をしておれば良かった。今の若手は何を思って仕事しているんだろう。就職難が続く昨今学力も何も僕などより余程優秀な人材が選ばれ入社して来ているはずだと思うのだが、今の会社状況は若者にどんどんチャンスを与えるものではなくなっている。僕に人事権があればあんなことやこんなことをやるのにな、という思いが無いではないが残念ながらインドで足搔くだけのペーペーには何も出来ない。今の管理職だって何も考えていない訳はなく色々と動きにくい事情もあるのだろう。今僕が若手に言えるのはどんどんやれ、というほぼ役に立てようのない言葉だけだ。待っていてもなかなかいい話は無い。積極的に動けばいい話が舞い込む訳では決して無いがどうせなら何かやれ。なんて自分は若いころ何もできなかったくせに何を言うかと自問する。しかしそれはそれ、年を取るといろいろ違った見方もするようになるということだ。

 今日午前中は新宿にある本社の健康管理室なる所で家族とともに産業医と面談しインドで受けるストレスの状況など聞かれたがこれは診察ではなくほぼ雑談だった。こんなので良かったのかな。午後少し時間ができたのでヨメと子供は買い物に出し僕は一人で恵比寿に行ってみた。久しぶりの都写美である。本当はそこでピーターラビットのバレエ映画を娘と見たかったがその時間は取れなかったので一人で写真展を3つ見た。特に写真(カメラではなく)の歴史、主に技術史を感じるには格好の展示が今行われている。写真史に興味があれば一度見に行って損は無い展示である。

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この種のデータとしては無駄にデカい写真に見えるがリサイズも面倒なのでこのままにする。




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by t-nakanobu2 | 2012-08-05 20:48 | 日記