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2012年5月27日(日)

 今日は先日届いた船便の荷物整理をして疲れてしまった。とにかく住んでいた日野市の団地は引き払い、一部家具等は倉庫に預けたものの衣服はけっこう持って来たし荷物が多いんである。あと週末2度ほどでどうにか片が付くかどうかといったところである。

 さて出張の話の続きである。
 火曜日、仕事も無事に終え明日はムンバイへ戻るという晩、取引先の社長が郊外のレストランへ招待してくれた。社長によると市街からは車で15分とのことだったのだがインド人の言うことだから30分かかるだろうと思っていたらその通り30分で到着した。グジャラートの伝統料理(?)で名前を・・・分からん。3度聞きなおしてどうにかカタカナ表記すると「カティヤワリ」になる。タリーというのは良くガイドブックやインド料理の解説などで見るが、それのもっと素朴なやつ、というか、どうも説明しにくいな。勝手に引用してはいけないかもしれない(問題あるかな)がおそらくこのサイトで紹介されているレストランに行ったのではなかろうか(グジャラート、伝統料理でググった。12月18日のエントリー分)。郊外の国道沿いに低い塀があり、門から一歩中へ入ると芝生の広場がある。その周囲(屋外)に低い田舎風の建物があり芝生の周縁にもテーブルが設えてあったりして一応レストラン風なのだが右手には幅5mほどのちょっとした舞台(もちろんオープンエア)もあってハンモックみたいに縄を編んで作った低いベンチが数十人分置いてある。太鼓と据置型アコーディオンみたいな楽器の奏者がおり、据置型の担当が歌も歌っていた。やがて太鼓係がつと立ち上がると舞台下手側に吊るしてある80cmぐらいの大きさの人形を操り始めた。道化あり蛇使いとコブラあり随分いい体格の女性あり。人形使いは太鼓担当が一人でやっているのでいろんな人形を順番に動かすだけで特にストーリー性は無い。道化は首が取れたりくっついたり、蛇使いは蛇に追われて頭を抱えて震えたり、女性はなぜかY字バランスでポーズを決めたりするのだがこの動きがまた微妙に雑で可笑しかった。ちなみに舞台を見始めるとボーイが冷えた飲み水を持って来た。グジャラートではまず客人に水を振舞うのだと聞いたが本当かな。さて料理は個室でいただいたがこの個室というのが直径5mほどの円筒形の土壁の建物で屋根は円錐形の茅葺、扉もなく殆ど屋外と同じ状態だし勿論クーラーなどない。低い丸テーブルが置いてあってみんなして地べたに胡坐をかく。夜なのでそれほど暑くはなかったから良いようなものの実に素朴なレストランである。基本的にタリー方式で、ウェイターがどんどんわんこそば状態でいろんな料理のお代わりを持ってきて、欲しいといえばどんどん皿に入れてくれるんである。食器は基本的に木の葉(バナナ?)を張り合わせて直系40cmぐらいの円形にしたものが各人の前に置かれている。カレー風の煮物数種、ロティが何種か、生野菜、漬物。リゾット(としか言いようがない。インドのおかゆ。これに酸っぱいヨーグルトをかけて食べるのはなかなか良かった)。カレーは口当たりは少し甘く、味わうとピリッとしてくる。飲み物は妙に塩辛い謎の飲み物、酸っぱいヨーグルト、甘酸っぱいヨーグルト、マンゴーのすり潰したもの。美味しいといえば美味しいがダメな人はまったくダメなんではなかろうか。僕はというと、出張ではできるだけ食うべし、である。これがカティヤワリ。付け合わせ(?)に切っただけのニンジンあり、調味料として砂糖や塩が出てきてテキトーに振りかけたりするような仕組みになっていたり(素朴だ)と、なるほど昔はこれで大層なもてなし料理だったんだろうと思う。とにかく炭水化物と水分塩分補給、加えてカレーもねという感じ。僕は嫌いじゃない。

 かなり暗かったし、そもそもカメラを持っていなかったので残念ながら写真は取れなかったが、なかなか貴重な体験だったと思う。

 前回のエントリーで書いたが帰りは3時起床、3時半出発だったのでできるだけ早くホテルに戻りたかったのだが食事が終わったのが10時過ぎ、途中社長の車がパンクするなどちょっとした珍道中になってしまい結局11時帰着だった。12時就寝。

 水曜日は一日オフィスで体がだるくて仕方なかった。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-28 02:37 | 日記

2012年5月26日(土)

 今週は出張ウィーク。
 21日月曜日、5時半に家を出て空港へ向かった。行き先はアーメダバード(アフマダーバード)という、ムンバイからは500kmばかり北のグジャラート州の都市で、ここの取引先にちょっとした技術トレーニングをやる(前にも書いたことはあるが僕はとある精密機械メーカーのアフターサービス部門からインドに駐在しているんである)というのが目的であった。
 アーメダバードは初めて訪れたがとにかくムンバイより暑い。ムンバイの暑さは湿気交じりで不快だが、アーメダの暑さはエアコン室外機の前に立つ如き暑さでありこれもやってられない。聞けば(現地の新聞にも書いてあったけど)42℃になるという。また月曜日は市内の移動が多かったのに、乗せてくれた取引先の社長の車のクーラーの効きはイマイチでものすごい体力消耗だった。一日を終えてホテルに入ったときにはもう何の気力も湧かず、1時間ばかりベッドに座ってボーっとしてからようやく食堂へ下りた。ところがグジャラート人はアルコールを飲まないんである。そういえば2月に参加した同僚の結婚式もグジャラート州の南端あたりで行われたのだがめでたい席でも酒は全く供されなかった。今回のLemon Tree Hotelという意図不明の名前のホテルのレストランも同様で、暑かった一日の終わりに冷えたビール!という訳には行かなかった。アルコール飲料のないホテルのレストラン。仕方がないからダイエットコークを注文したらしばらくして厨房から戻ってきたウェイターが「ダイエットペプシになりますがいいですか」と聞いてきた。嫌だと言ってもどうにもならない(嫌じゃないけど別に)のでいいですよと答え、チキンバーガーをペプシで流し込むように食べた。ちなみにチキンバーガーは間に挟んであったベーコン(ベーコンがあったのは驚きだ)だけは食えたが後は不味かった。ただし僕の偉いのは(?)不味くても食べることだ。出張先ではできるだけ食うべし。

 ところでこのホテルの一般従業員は全員レモン色のポロシャツを来ており、人によってはその上に明るめの緑のベストを着ている。まさにレモンのイメージなのだろうがどうもホテルというよりはファミレスかファストフード店の制服みたいでなんだか可笑しかった。

 2泊して水曜日にムンバイに戻ったのだが、日本でも一部報道されている通りエア・インディア(だけ?)のフライトにストだの何だので混乱が生じておりそのせいで早朝5:50のフライトしか取れなかった。3時半ホテル発。ムンバイでオフィス直行。疲れました。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-26 14:25 | 日記

2010年5月20日(日)

 昨日午前中日本人学校の生徒たちはフレンチ・スクールという学校へ出掛けていた。そこにムンバイのインターナショナルスクールの生徒たちも来ており、何が行われたかというと卓球大会である。フレンチ・スクールというのは我がフラットから車でほんの5分ほどのところにある。要は昨年移転する前の日本人学校の近くであり、その関係もあって交流があるのではないかと思う。ただ僕は行かなかった。というのは家で留守番する必要があったからで、それは1.船便の配送、2.ペストコントロール(最近バスルームに蟻が出るので駆除したい)の2つであった。卓球大会は8時からなので7時半に車を呼んでおいた。Fixed DriverのMはまだ戻らず仮のKがまだ僕の担当なのだが土曜日はKも都合が悪く、代わりに仮2号がやってくることになっていた。ただ仮ドライバーが初日に時間通りに来た記憶がないので昨日もどうかなと思っていたのだ。エントランスに下りてみると案の定、車がない。もう嫌になるくらい経験したインド人のルーズさ。休日にしては朝早かったがKを電話で叩き起こした。「今日のドライバー来てないぞ」寝ぼけ声のKがオフィスへ連絡するというのでそれを待つことにしたがどうせ間に合わないだろう。そうこうするうちに同じマンションに住み学校通いの子供を持つ知人のNさん一家が降りてきた。Nさんの車に娘を乗せてもらった。次に降りてきたTさんの車にヨメを乗せてもらった。僕はフラットに戻る。しばらくしてKから電話。何故遅れているのか訊くと渋滞だろうとか適当なことを言う。8時20分、50分遅れで仮2号から電話があった。「今着きましたが」あーあ、またか。先ず詫びろよ。

「7時半に来るように言ったんだが」
「ハー」
「50分遅れたな。何故だ」
「オフィスに行ってた」
「7時半に来るように言っただろう」
「7時半にオフィスにいた」
「何故遅れたのか」
「私遅れてない。オフィスに行った」

 アホである。あるいはアホのふり。どうやらまともに話せない相手だ。
 その場で電話を叩っ切り放置しておいたらしばらくしてまたKから電話があった。「サーどうですか」「自分は遅れてないとか言ってたぞ。何でそうなる」「サーあのそのむにょむにょ」Kを問い詰めてもどうにもならん。しかし腹立つなあ。

 留守番の用件は11時頃の予定だったので仕方なく一度僕もフレンチスクールへ行って様子を見、すぐ戻った。一度場所を見せておかないと後でヨメと娘を連れて帰らせるときにどうせまごつくだろう。

 さて10時半にチャイムが鳴った。インドの害虫駆除業者よりは日通の方が遅れないはずなので先に荷物がいよいよ届いたかと思って玄関の扉を開けると目の前に小さいおっさんが立っており、その後ろに大きいおっさんと日通のユニフォームを来た作業員数名、そして周囲には既に積み上げられた段ボール。そして目の前の小さいおっさんが言った。「ペストコントロールです」
 は?ちょっと目がチカチカしたが要は日通が段ボールを僕のフラットに運び上げたタイミングで駆除のおっさんが一人で現れ日通の責任者である大きいおっさんに先んじてチャイムを鳴らしたということだ。仕方ないのでまず駆除のおっさんをバスルームに通して殺虫剤を撒きはじめてもらった。その間に日通に運び入れを頼む。約70箱。さすが日通の手際でどんどん運んでもらう。更にいいのは一部開梱までしてくれ、それで出たゴミ(段ボールや緩衝材)を全て持って帰ってくれることだ。インドじゃ普通持って帰ってくれないようなのだ。いいぞ日通。しかい部屋が殺虫剤臭い。


 そんなわけで船便まで届いて一段落である。これから1箱開けるたびに日本の思い出が溢れ、開け終える頃には今より一段、家族はしっかりと「インド在留邦人」になっているはずだ。もう日本に家はないのだから。

 フレンチ・スクールに迎えにやらせた仮2号は無事ヨメと娘をピックアップして戻って来た。ちなみに卓球大会では娘は7点マッチを何試合か行い1勝した他は負けたそうだ。まあいいじゃないか。殺虫剤を撒いたバスルームでは死骸もあるがまだ少量の蟻が歩いている。どうなってるんだろうねえ。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-21 01:45 | 写真

2010年5月18日(金)

 最近どうもネタが無いなと思っていたらその理由の一つは料理をしなくなったことじゃないかと思い当たった。家族が来てから料理はほぼヨメがやってくれている。僕だって一人でいた8ヶ月間は結構頑張ったのだがどうもインド風の辛い料理が多かった。そして娘は辛いのがてんでダメなんである。だから料理しない、というのは言い訳に過ぎないが。
 ちなみにバンコクから帰って来た次の日の夕食は豪華牛肉たっぷり!ではなくインド産鶏胸肉のチキンカツだった。それはそれで美味い。タイから来た食材は娘の毎日の弁当と、親の毎日ではない贅沢のために使用される。


 本日、延べ訪問者数が5千名を突破していました。
 来てくださった皆様に感謝します。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-19 01:24 | 日記

2012年5月15日(火)

 昨日、今日と会社を休んでいる。というのもバンコクに行っていたからで、この旅行は半年分の食料の買出しと息抜きのための年2回の行事であり、これによって当面の食料、大きな声では言えないが肉などの生鮮食料を買いだめしてくるのと同時に日本人が5万人も住んでいるとかで日本のものが何でも揃う便利な街バンコクで日本食など苦しいぐらい食べて心身をリフレッシュ、インドで溜まった澱のようなものをリセットしてくる大切なイベントなのである。Yさん一家とのお出かけである。

 金曜日のうちに出発する便を取れず土曜日2:30というしんどい時間のフライトを予約していた(実際にはYさんにお願いしていた)のだがこれが遅れて4:00発というもういやんなる感じの時間帯の出発となってしまった。僕は着席とほぼ同時に寝入ってしまい離陸しとことすら覚えていない。タイ時間10時頃バンコク着、お昼にエンポリウムスイーツというなかなかのホテルに入った。前回バンコクへは洪水禍のニュース喧しい10月に来たのだがそのときも泊まったホテルだ。今回は特別価格オファーでかなり広い部屋を安めのお値段で取ることができた。今回は到着後ホテル直結のモールのフードコートですぐに昼食を摂ったが僕は寿司ヨメは天ぷらと刺身の定食、娘はステーキであった。娘は昔から肉食なんである。小型肉食獣。その後フードコートと同じフロアのスーパーで食品を買い物、部屋に戻ってゆったりし、夕食は我が社のタイ支社駐在中のIさんが選んだ店で和食をたらふく食べた。久しぶりにお会いしたIさんはやや痩せて?おられる気がしたが今まで見たことのない私服での休日モードだったためにそう見えただけかもしれない。こんな天国のような都市でも実際住んで仕事してみると住めば都ながら一方で何かと苦労もおありだろう。店はホテルにほど近い居酒屋&蕎麦屋のようなところの個室で、何でもいいから頼みなさいと娘に言うと「えいひれとししゃもと山芋たんざく」という渋い答えが戻ってきた。誰が教えたんだ。その他刺身焼き物等肴全般で満腹しビールと吉兆宝山で気持ちよくなってお開きである。長い一日だった。Iさんに感謝。


>ホテルから。ジオラマのバンコク。
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 日曜日は伊勢丹デーである。
 朝から近所の3-price shopという謂わば百均のような店(全品50・60・70バーツのどれか)で日用雑貨を山ほど買い、某ホテルまでタクシーで移動しランチバイキングで鉄板焼きやらタイヌードルやらを食べた後バンコク伊勢丹のスーパーへ。ここへは事前にメールで注文書を送っておくと冷凍食品など取り置き梱包しておいてくれる。加えてその場で追加の買い物もしてレジで清算、要冷蔵・冷凍のものはドライアイスとともに発泡スチロールの箱に入れて封ししっかりとダンボールに入れて指定の日時に空港まで運んでくれるという素晴らしいサービスが提供されるのである。今回はやや欠品は多かったが肉と干物系は思っていた通りのものが買えた。その後ホテルに戻り近所をぶらぶら、残念なのは前回買い物をしたフジスーパー1号店が改装中だったことだがそれでもモール内のスーパーと伊勢丹で大抵のものは買えたので満足である。そんで1階上の紀伊国屋で文庫本と子供用計算ドリルと某社元CEOの書いた「解任」という本を買った。本を買うのもタイの楽しみの一つである。ホテルに戻る際に道端で止めたタクシーはメーターを使わず交渉で価格を決めようと「いくら払うか」と聞いてきた。僕が行きのタクシーに払った値段を言うと「また明日、バイバイ」と言い残して去ってしまった。腹が立ったので電車で帰った。駅前の伊勢丹なのに駅まで歩くと暑くて倒れそうだった。
 夜は前回も来た焼肉「玄風館」である。無煙ロースターではない有煙炭火焼肉で全身煤けてホテルへ戻った。満腹。ただしホテルで計ると体重は増えていない。おそらく炭水化物をあまり摂っていないからではないかと思う。ただし間違いなく血中の中性脂肪は増えたことだろう。

 月曜日、ホテルをチェックアウトした後は特に電車やタクシーで移動することもなくモール内とホテルの近所をうろうろし、ヨメはネイル用品、娘はcrocsを買ってそれなりに満足したようだ。昼はいい加減胃腸も疲れたので大戸屋で和風のあっさりめの昼食を摂った。大戸屋うめえ。午後空港に向かい、入口でダンボール3箱の食品を受け取りチェックイン。今回は3人分の荷物として6kgオーバーで1800バーツの超過料金を支払った。

 金使ったなあ。便利なことにインドで作った銀行のカード(Debit Card)で市内あちこちにある端末からバーツが引き出せるのである。伊勢丹の支払いは日本の口座から落ちるクレジットカード。2日間の買い物と食事に、家族の初期費用を含め4月にインドで使った全額以上の額を使った。前回は一人だったし当時は給与口座が持てずに借金で生活していて現金の持ち合わせが少なかったので買い物も控えめにしていたが今回は家族がおり要るものは買うぞという気持ちで乗り込んだのでまあ納得の散財である。嵩にして少し大きめの段ボール3箱分とスーツケース1個分程度。

 買出しツアーの最後の難関はムンバイの通関だが今回はスクリーニングはしたものの何も言われることもなく、したがって悪徳役人に袖の下を要求されることもなく通ることができた。やれやれ。




 そうしてまた半年後を夢見つつインドで暮らして行くんである。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-15 19:49 | 日記

2012年5月9日(水)

 6日(日)は車も呼ばずフラットで過ごし、夕方に徒歩でショッピングモールへ買い物に出掛けただけだった。怪しい人間とくさーい臭いが充満する路上だがヨメも娘もまあ歩いていた。さて月曜日から何をしたか。今週に入り仕事の面で気持ち的に追い詰められておりややしんどい。今週は長いな。でもいいのさ。週末はバンコクだ。

 今朝家を出る準備をしていた時、先日まで来ていた仮の運転手Kから電話があった。借金の残り返済の件だろうと思って出ると「サーいつものドライバー母プロブレム私来た」という。いつものドライバーMに電話確認すると母がプロブレム(具体的に何なのか知らないが)でまたハイデラバード行きだという。あれまあ。またしばらくKの運転で動かねばならない。仮ドライバーのチェンジってできるんだろうか。多分できるだろうが一度出社してしまうと運転手のことに気を取られるヒマはない。そんなわけでまあKでも仕方ないかと半ば諦めている。

・・・貸してた金は今日全額返済された。サインさせた借用書を目の前で細かく破いて捨てた。


 浄水器修理後の水圧調整とやらがまだ来ない。火曜日に来る、行く前に電話するからと
言われていたからヨメに頼んで応対(って喋れないけど)してもらおうと思っていたのに火曜夕方になってこちらから掛けてみたら「今日は無理です。明日大丈夫なのでまた電話します」と言われた。その「明日」は今日なのだが今日もやはり何の連絡もない。行けなくなりましたの連絡ぐらい入れるのが当たり前、ではないんである。これがインド標準だ。
 よくこんなので我慢できるなと思う。インド人は余程暢気なのか包容力があるのか鈍感なのか、まあそのどれかだろう。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-10 01:13 | 日記

2012年5月5日(土)

 先日金を貸してくれと言ってきたドライバーKには小額だからいいかと思って貸してしまったが、ちょっと納得行かんかったので次の日に借用書を自作してサインさせた。そのせいなのか一部は期日前に返して来た。昨晩「残りは給料の出る8日に返すから借用書はもう捨てて欲しい」と言ってきたが拒否した。ちゃんと返したら捨てる。昨日はKの最終日だったのだ。今日からMに戻った。Kは8日までにMに残金を託して僕に返却する予定だ。ちなみに聞くと他の家でもドライバーやメイドが金貸してくれと言ってくるというのは割とよくある話のようで、皆さん結構貸しているようだ。
 最終日の車内で「サー私のサービスはどうでしたか」と聞いてきたのでまあ彼に理解できるかどうかは分からんが言っておいた。「今はOKだ。でも初日、二日目と遅れて来ただろう。あれはダメだ。特に日本人顧客はとてもpunctualで8時と言ったら8時だ。あとあんた大分トバして走ってたけどあれもダメだ。もっとおとなしくしなさい。」

 彼の今後に幸あれ。

 さて先週初めてクリーニング屋に行ったのだった。昨年8月の赴任以来、今まではどうしていたかというと、何しろスーツの上を着ることがめったにないものだからあまり気にしていなかったのだ。Yシャツはすべて自分でアイロン掛けしていたし、問題はスーツのズボンだった。これは今まで出張者に頼んでホテルのランドリーサービスに出してもらったこともあるが、基本的には洗濯は極めて稀、というお恥ずかしい状況でこれまで来たのだった。それが同じマンション内の「ママつながり」のTさんに教えてもらって初めてクリーニングに出したのだった。今日はそれを取りに行った。出していたのはスーツ1着、バラのジャケットとズボンが1枚ずつ、そしてYシャツ2枚である。仕上げはあまりよろしくない。シャツの襟にいきなりアイロン皺があるが、まあこんなもんなんだろう。それでお代は計500ルピーである。ふうん、というレベル。
 その後1時間かけて娘のバレエ教室へ。戻って近所のモールでヨメと娘が食料品を買い物している間に僕は散髪した。余談だが(ってこの日記には余談しか無いんだが)これまで3ヶ月に2回、9ヶ月間で6回散髪した。2回が日本で、1回はタイで。今日はインドの散髪3回目である。インド2回目はここの別の支店でラオス人の姉ちゃんに切ってもらったのだった。毎回違う人に切ってもらっているが今回の兄ちゃんがカット技術は一番まともだと思われた。しかも前回より安かったぞ。なんでかな。
 そしてレストランで夕食。話には聞いていたがそのレストランは牛肉を出す。家族でハンバーガーとミートソースのラザニアなど食べたがなかなか良かった。家族が来てから食べ物は随分良くなった。外食も以前よりいろいろな所へ出るようになってきたし、自宅で食べるにしてもやはりヨメの料理は良いわけで、4ヶ月間給料が貰えなかった駐在初期を思い出せばよくあの頃は頑張っていたもんだと思う。

 今日はそんなわけで家族と過ごした。明日も家にいる予定だが仕事させてもらおうと思っている。平和な週末だ。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-06 00:21 | 日記

2012年5月3日(木)

 今日は1日フラットにいた。しかしインドにはゴールデンウィークなんて無いんである。風邪引いてるわけでもないのに家に釘付けにされていた理由はまたしても浄水器である。このやろう。先日ヨメが浄水タンクに少しも水が残っていないことに気付いた。水を使っても補給されない。給水時に点灯するはずの青いランプが点かない。また故障である。昨年8月以来4回目だ。どんだけポンコツやねん。で、今週に入って不動産屋のおっさんに連絡して修理の手配をしてもらっていたのだが、1日火曜日が祝日だったり2日に出席必須の会議があったりして家に居れなかったので今日になったわけだ。おっさんは元々は「11時と12時の間に修理エンジニアを行かせる」と言っていたのだが昨日になって「12時と13時の間」に訂正された。そして今日、午後1時を過ぎても誰も来ないので少々腹を立てながら電話してみると。

「先日の修理にも連れて行った知り合いの技術者が、今朝、死んだ」

 思わず言葉に詰まってしまったが、実はちょっとこれは嘘くさいんである。インド人はよく人を殺す。仕事を休むために親戚のおじさんを殺しまくったりするんである。「叔父が死んだので休みます」・・・昭和末期の日本のお気楽サラリーマンはちょくちょく法事という名のゴルフに出掛けていたかもしれないがそのクチである。しかしまあどえらいタイミングで死ぬもんである。本当だったらご愁傷様と言うしかないが真偽のほどを確かめるつもりは無い。代わりの修理屋が3時に来るという。でなければ明日にするか。と聞かれたがそんなもん、もう半日待ち続けているのに明日もまた待つ気は無い。会社には連絡を入れて今日は午後も自宅で仕事することにした(午前中だってやってましたって)。
 そんなわけで3時過ぎに来た修理屋の兄ちゃんが4時に仕事を終えて帰って行った。ただし元栓の水圧調整のために来週また来ると言う。その対応はもうヨメに任せる。

 ところで今来ている仮のドライバーKだが、彼は4月いっぱいで終了し元のドライバーMに戻ると聞いていたのだが5月に入っても交代されないでいる。Kとはあまりフィーリングが合わないというか、初日二日目の印象が悪すぎてもうダメだ。挙句に金貸してくれとか言い出すしもう早くいつものMに戻ってほしい。
30日、Kに「明日はMが来るのか」と聞いてみたら、「サー明日も私が来ます彼は今まだ休暇ですバスでこちらへ向かっています」と言うので腹の中で大笑いした。何日バス乗るねん!




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by t-nakanobu2 | 2012-05-04 02:15 | 日記

2012年5月1日(火)

 月が変わった。
 先月29日(日)、って一昨日だが。に書いたものを載せる。


 どうも落ち着かない。というのも家族がどうもまだアカンのである。
ヨメは最悪のショック期は脱したか知らんが相変わらず外出をビビッている。インド人の顔をようやく直視できるようになってきたのは進歩(それまで怖くて目を合わせることもできなかった)であるし、カフェでアイスラテが全く甘くなかったときにカウンターの兄ちゃんに砂糖くれと言えるぐらいにはなった。ただしシロップという言葉は思いつかなかったようでシュガーシュガーと言っていたようだが。それはともかくただそうしたこと一つ一つが大変な精神的負担のようだ。一人で買い物へ行ってあれをくれそれは何だこれは要らぬぐらい話してくれるといいのだが。まだドライバーにどこへ行けという指示も出せないので当面無理だろう。

ヨメよ。早くなんでも自分でできるようになれ、とは敢えて言わぬ。ただぶつかってどんどん恥をかいてくれ。でなきゃ何も学習できない


 ふと自分はどうだったかと考えてみる。仕事だからインド人にも接する。しかし駐在前に担当者としてあちこち行ったアジア各地での仕事、そして今インドでしている仕事、本当にぶつかって恥をかいてやってきたのか。いや恥は沢山かいたな。ガイジンが怖い時代(出張先では自分がガイジンなんだが)は確かにあった。ただ本当にちゃんと相手にぶつかりきちんとこなせていたのか、と聞かれるとうーむ困るな。この悩みというか自分が何もできていない感覚は常に付き纏っている。だからあまり人にも家族にも言えた義理ではないのだ。 


  全般的に学校は楽しい、インドは面白いと言っているところが救いではあるが、娘は算数がダメだ。算数ぐらいダメでもいいのだが彼女的にはダメな自分は嫌らしい。なら必死こいて勉強すればいいのだが彼女の場合泣いてすっきりしたらもう問題は一旦横置きになってしまう。今学校に5年生は4人いるがそのうち2名は私学受験を控え大変お勉強が進んでいる。まあよくできる子らである。週に1時間か2時間か、主にそういう子向けだろうと思われるチャレンジという時間があり受験用の問題などをやっている。娘はそういう問題が「殆ど」解けない。最初にもらったプリントの採点はされていなかったがほぼ0点である。父としてそういう問題も少しは解けるようにしてやろうと平日の帰宅後に算数教室をときどきやっている。英語教室になるときもある。どちらも先生の力量は怪しいができる限り噛み砕いた説明を心がけている。それでもできない分からないと泣く。今日はそのチャレンジの時間を含む時間割の参観日だった。今日のプリントは物凄く難しい問題ではなかったしそれなりに解けていたがそれでも知らない言葉が出てきたりして分からないものがあった。例えば今日の問題ではないが公倍数という言葉を知らない子供に最初から「○○と△△の最小公倍数のうち1000に最も近い値は」という問題をやらせても意味が無い。知りません、でお終いである。そこで怪しい自宅先生は倍数って何?公倍数ってどうやったら分かるの?を説明するために素数の話から始めるんである。そうするとあれも知らないこれも習っていないという事が山ほど見つかってくる。それらをいちいち説明するんである。1学期中にその難しいプリントの半分ぐらいが解けるようになったら万々歳である。

 娘よ。諦めるな。よーくできる学友に恵まれた今をチャンスだと思え。


 そんなこんなで大変申し訳ない。先週は職場に19:30を超えて残っていたことが無い。やることだけは山ほどあるがどうにも仕事に集中できない。自宅でもできない。
土曜日にも一部現地社員は働いていたのだが僕は出社できなかった。買い物もあれば子供をバレエ教室(先日レッスン代を払った。週イチで月1500ルピー)に連れて行くことも必要だし今日のように学校へ行かねばならないこともある。いろいろ気になって仕事に集中できないんである。だがここしばらくは家族の安全と気持ちのケアを最優先事項とさせていただく。6月になれば少しは落ち着いて仕事っぷりもマシになるんではないかと思っている。

 いろいろある。それら全て含めて自分だ。




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by t-nakanobu2 | 2012-05-02 03:30 | 日記