カテゴリ:日記( 256 )

2013年3月19日(火)



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 上の写真はPALAIS ROYALEという。あれ。綴り合ってるかな。
 我がフラットから見える、建築中の巨大マンションである。僕の住むフラットは日本で言う37階建ての15階、一方このパレス・ロワイヤルは完成すると100階建てになるという。とんでもない大きさである。ムンバイ市街の不動産は高いし、ここ数年(10年以上か?)の日本と違ってどんどん値上がりしている。完成すると億ションになるらしい。
 ところでインドは何につけ時間を守らない人たちの国である。例えばインド赴任後数ヶ月経った2011年の11月頃、(うちは民生機材メーカーなので)サービスセンターを設置しようと物件を探して回っていたことがあった。30ほど見た。その中にとてもお高くて手が出ないがなかなかいいロケーションの、建築中の商業ビルがあった。我々が、お金さえ潤沢にあれば確保したいのにと思った一角は1階(こちらでいうGround Floor)で、まだ外壁もなく骨組にコンクリートが絡まっただけのような状態だったがそこの営業担当曰く、「お客様、来年3月までにサービスセンターをオープンさせたいと。分かりました。このビルの工事ももうすぐ終了、すぐにでも内装にかかれるようになりますよ」とか言っていた。

 そのビルは今も建設中である。借りなくてよかった。てか貸そうとするなよ。

 インドの面白いのは、建築は下から上へと進んでいくが、先に出来上がった下の階の契約をどんどん取ってしまい、そこは住んだりオフィスとして使用を始めたりするケースがあることだ。上の階がまだ建設中なのに。だから築何年とかいう言い方がよく分からない。いつから数えるんだろう。

 さてパレス・ロワイヤルだが僕が赴任して来た2011年8月には40階付近を造っていたと思う。今数えてみると60数階あるようだ。ということはざっくり言うと1年半で20階分高くなったということになる。このペースで行けばあと3年ほどあれば100階まで完成することになるが、その時点で下のほうの階はすでに築5年から6年ほどにはなっているんだろう。なかなかややこしい話である。新築だが築5年。というのはうまく行けば5年。うまく行かなければ、いくら営業が甘いこと言おうが6年、7年になっていることだろう。


 そんなわけで(どんなわけだ)転勤である。


 ここでパレス・ロワイヤルの完成を見ることはどうやらなくなった。
 3月末でインド駐在1年8ヶ月。短いようだが長かった。長いようでまあそんなに長くもない。OUT-OUTで次はシンガポールである。仕事上、インドとの縁が切れるわけではなく、今後もたびたび訪れることになるとは思うが、ここで一区切り。今月末に家族ともども移動する。家族はこちらへ来てまだ1年。ヨメはようやく慣れて来た頃、娘はいい友達に恵まれていたので少々残念だし申し訳ない気もする。

 でも行き先はシンガポールだぜぃ。

 混沌から秩序へ。物質的には「探しても無い」から「何でもある」へ。
 インドはいくつか我慢ならない点はあっても決して根本から嫌いなわけではなかった。ただどうにも疲れた。普通に暮らすのにやたらパワーの要る国なのだ。だから僕はシンガポールでふやけてしまうかもしれない。一度ふやけてみたいもんだ。一方で仕事は別のしんどさが伴うだろうがそれはいい。

 インドでは思えは家族で国内旅行にも殆ど行っていない。何とタージマハルにすら行っていないのは悔やまれる。ジャイプールやウダイプールにも行きたかったが仕方ない。僕自身は仕事でまた来るだろう。出張で来るのはそんなに先ではなく、ほんの2,3ヶ月後の話だろう。それから後も度々来るだろう。だからふと今住んでいるあたりを通りかかることがあれば、パレス・ロワイヤルが何階までできたか数えてみることを密かな楽しみにしよう。Mahesh Lunch Homeの蟹カレーやロブスター炒めをまた食べるのと同じぐらいに。

 明日FRROに出国書類を提出しに行く。またそこで一悶着あるかもしれないがもういいだろう。部屋にはそろそろ段ボールが積み上がり始めた。そういうわけで、もうバタバタしていてあまり更新できそうにもないし、このブログはここらでお終いにする。



 
・・・次の街でまたブログをやるかも知れません。なのでこれはこのまま置いといて(放置?)、いつか「シンガポール・ヒート」を始めたら、ここにお知らせを書こうと思います。これまでお付き合いくださった皆さん、ありがとうございました。

 では。




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by t-nakanobu2 | 2013-03-20 02:14 | 日記

2013年3月16日(土)

 泣けてきたのは年食って涙もろくなったことばかりが原因ではないのだが。
 今日は娘の通う日本人学校の卒業式だった。娘は卒業しないが3学期の終業式やこの3月で帰国される先生方の離任式なども続けてあったので列席させてもらったんである。今年の卒業生は6名の6年生と1名の中学3年生。小学生は帰国組、転居組、そのまま進学(日本人学校中学部へ)組に分かれる。中学生は日本のすんごい進学校に合格したそうだ。めでたい。
 日本人学校の卒業式には在校生はすべて出席する。小・中併せて30数名しかいないし、皆だいたい仲が良いのでみんなで送るのだ。低学年から皆で声を合わせて歌う校歌その他、調子っぱずれだがあまりにピュアな感情に溢れる元気な歌声を聴いていると泣けてきた。一人ひとりへの、声を合わせた送る言葉にも、震える声で思い出を語り感謝を述べる、帰国される先生の声にも泣けた。昔々の自分の卒業式では不思議なくらい悲しみなど湧かなかったが親になると違う感情を知るようだ。我が子のことでもないのにねえ。

 これで娘の5年生は終了した。いいクラスメイトに恵まれて良かった。




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by t-nakanobu2 | 2013-03-17 02:01 | 日記

2013年3月10日(日)

 4日(月)夜の便でムンバイを発ち、火曜日から所用でシンガポールに行っていた。金曜日の夜に戻ったが風邪を引いてしまい昨日は薬を飲んでぼんやりしていた。今日も外出は控える。

 シンガポールは出張で3回ほど訪れたことがあったが、今回はインドから行ったということであまりのギャップに目が眩む思いだった。食べ物は美味しいし(高いけど)、街自体が近代的機能的都市の展示場のような国である。こりゃいいゾ。


>シンガポール・フライヤーからの眺めをジオラマ風写真で。
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シンガポールは暑かったが、戻ったムンバイも運転手によると37℃まで上がったとのこと。あーあ。イヤになるねえ・・・。




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by t-nakanobu2 | 2013-03-10 14:45 | 日記

2013年3月2日(土)

 この1週間は特筆すべきこともなくインド的には平穏無事に過ぎている。
 今晩はヨメと娘は学校のお友達と会食、なので僕はM社長と2人でFour Seasons Hotelで夕食を摂った。ウィスキーサワーなる飲み物を2杯、先日Y駐在員とともに楽しんだ屋上のバーで嗜んだあと、Ground Floorのレストラン「San-Qi」でDim Sum や刺身、鮨を堪能。かなりお高いがすこぶる美味い。タマの経験としては悪くないだろう。エビの蒸し物などはなかなか得難いレベルにある。また中トロやイカも過去インドで食べた最高レベルにある。ビールも3本飲んですっかりいい気分である。


 さて今日はフリードリヒ・グルダ。
 今までグルダのディスクは数枚のベートーヴェンのディスクを聴いたことがあるだけだった(シュタイン/ウィーン・フィルと競演した4番のコンチェルトやいくつかのソナタは大好きだ)のだが、モーツァルトのコンチェルトがこんなに良いとは、と恥ずかしながら今頃認識した。痺れるのお。これまで名盤と言われるカーゾン、その他アシュケナージやハイドシェックなど聴いてきたがこのコンチェルトに限って言うならカッチョええぞ、すんごくイイぞグルダ。と酔った頭で書いてみる。貼り付けたのは第3楽章だが興味のある方は第1楽章からどうぞ。このK.466という曲は僕の中ではあらゆるクラシックの曲の中で最高傑作の一つである。






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by t-nakanobu2 | 2013-03-03 02:14 | 日記

2013年2月24日(日)

全く気付いていなかったが、どうやら先週半ばにこれまでこのブログを訪問してくださった方の延べ人数が11,000名を超えていたようだ。・・・1万名様のときにこういった文言を書いた記憶がないな。

いずれにしても有難いことだ。今年に入ってサボり気味なのに。



どうもありがとうございます。



 昨日のうちに必要な食品の買い物は済ませていたし、風邪を引いていたヨメの体調もようやく戻りつつある中、今日は家族揃って全く外出せずフラットでゆっくりしようということになった。午前中は敷地内でちょっと走ったり。しかし体力ないなあ。ほんの軽いジョギングのはずだが体が重い重い。
 午後は読書。日本で買って来た藤沢周平の「用心棒」シリーズはもう読んでしまったし、その他いくつかの娯楽小説群もあらかた読み尽くし、残っているのは伊坂幸太郎「SOSの猿」と奥田英朗「無理」ぐらいだ。今は立花隆の「天皇と東大I」(文春文庫)をゆっくりめに読んでいる。明日からまた仕事、色々あって忙しいが先週のうちに懸案のうちの一つが7割方片付いたので少しほっとしている。





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by t-nakanobu2 | 2013-02-25 01:09 | 日記

2013年2月22日(金)

 日本でふやけて来た。
 気持ちはふやけたが体は忙しかった。買い物と大阪で両親を見舞うのと旧友に会うのと赴任前にいた部署への出社と半日ドック。あと役所関係。しかし半袖のムンバイから小雪舞う東京へ帰った割には僕自身は風邪も引かずに済んでよかった。少し時間的には無理があったのだが学生時代からの友人と大阪で会えたのも良かった。その彼、工学博士のT君には鰻をご馳走になったばかりかタクシーで送迎までしてもらった。今後会うときは僕が最高級インドカレーでも奢るしかない。ってそれは無いな。
 16日にムンバイに戻っていたのだがダラダラと更新しないままほぼ1週間が過ぎた。昨日はハイデラバードで爆弾事件があった。ふやけている場合じゃないがムンバイは平静だ。しかし改めて危険のある国なのだと認識したようなわけで。

 話は変わるが僕は絵も写真も見るのが好きで、数年前には年間100展以上、大御所からアマチュアまで色々な写真展を見て回ったこともあった。その点東京は便利な街だ。どっかで写真展をやっている。
 今日は「行けるもんなら、日本にいたら絶対行ってた。行きたいぞ」と思う写真展情報へのリンクを貼っておく。今回の日本では時間が無くて何も見れなかったのが残念だ。

横浜美術館 :キャパ

世田谷美術館:スタイケン

Taka Ishii Gallery:森山大道

キヤノンギャラリーS:立木義浩

キヤノンギャラリーS:特別展


日本にいて写真に興味のある僕の元部署の皆さん、行ってみては?





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by t-nakanobu2 | 2013-02-23 01:45 | 日記

2013年2月8日(金)

 今晩ムンバイを発って、1週間ほど日本です。
 戻ったらまた更新します・・・



>ムンバイの夜景 Four Seasons Hotel屋上バーより
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手持ちでこれだけ撮れたら上出来だ。/OM-D E-M5, 14mm(35mm換算28mm相当), 1/2秒, ISO3200





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by t-nakanobu2 | 2013-02-08 09:46 | 日記

2013年2月5日(火)

4.番外

 過去3回のエントリーを読み返してみたがオチが無いな。
 仕方ない。インドの現状と日本の江戸時代が似ている気がする、という突飛な思いつきをだらだらと書きつけたに過ぎないのだから。敢えて書くなら・・・やはり「なんか似てる気ぃしてん」しか無い。まったくお恥ずかしい話で。

 さてインド人が時間にルーズになる原因の一つかもしれない道路事情についての雑談など。
 ムンバイの交通事情はの悪さはなかなかのもんである。ムンバイは横浜市とほぼ同じ大きさらしいが、そこに1500万人とも2000万人ともいわれる人が住んでいる(よく調べていないが周辺エリアをどこまで含めるかによって大きな差が出るんだろう)。混み混みの街である。だがそこに鉄道は南北に2ライン走っているだけなのだ。1000万都市東京に中央線と京浜東北線しかない(私鉄・地下鉄も無い)ことを想像してみればいい。導き出される結論は凄まじい道路渋滞である。普段まだ我慢できても、事故やら工事やらお祭りやらでどこかの幹線が1本通行制限されたらもうダメだ。街中麻痺していきなり移動時間が倍になる。車の無い人、徒歩通勤の人の比率はきっと日本より高いだろうし、混み具合を東京と比べても仕方ないかも知れないけれど、それでも僕の経験でムンバイは渋滞の酷い都市ワースト3に入る。後の2都市はマニラとジャカルタだが、これら2都市は出張経験があるだけなので、偶然「悪い日」に当たってしまったのか、または「マシな日」だったのか分からない。

 さてその混雑の激しいムンバイでは道路があちこち穴だらけで自動車の揺れが酷い。とある日本人家庭ではムンバイの揺れまくりの車に乗り慣れた子供が日本へ帰国した際に平らな道路で車に乗ると酔うという。悲劇である。ムンバイの道路があまりにボコボコで何年経ってもちっとも良くならないし工事がいつまでも終わらない理由は主に役人が予算の何割かを横領しているからだという話だ。メトロの建設がいつまで経っても進まないのも同じだ。大方のインド人はそれを苦々しく思っている。と思いたい…が官僚の既得権益(って不法だけど)とはどの国でも美味しいものなんだろう。簡単に手放されるものではないようだ。日本ではそんなことは決して起きない…と言いたいが例えば一部官僚の天下りや謎の既得権益団体特殊法人は山ほどあるな。ただ天下りなどはまあ一部の高級・中級官僚の話だろうしとりあえず法に背いているわけでもない。言葉は悪いがインドは末端まで腐っているところが違う。ちょいとモラルに反することをして見つかったら仕方ない。見つかるのが悪い。見つからなきゃ何してもいい。というのがインドである。例えば交通整理をしているオマワリ。彼らは虫の居所が悪いと立場の弱い運転手(大概は低所得でカーストも低い)を好き放題どつき回して憂さ晴らしをすることもあると聞く。また気が向いたら停止線オーバーだとか無理な車線変更をしたとか言って車を止める。僕の車もこれまで3、4度ほどやられたことがあるが、彼らの目的はドライバーから50ルピー(相場だ)をせしめて昼飯代を稼ぐことである。何件摘発した、なんてどうでもいいんである。なんとなく止めたドライバーと雑談し、免許証ケースに挟んで渡されるルピー札をポケットにねじ込んだらお終いである。昔「仕事人」だか「仕掛人」だかにも中村主水が市民に小銭をせびる場面があったが昔の日本人警察官(というか奉行所同心だ。架空の人物だけど)があんな感じだったとしたら今のインドの警官と同じようなもんじゃないか。おそらくムコ殿同様にインドのオマワリは小遣いにも困っているんだろう。あれ?ここでもまたインド江戸時代論(?)になってしまった。
 さて公務員がそんな風だから一般人も負けじと交差点の赤信号は無視して突っ込むし(ただしオマワリがいない場合)、混んでいると思えば平気で対向車線を走りそれで対向車と接触しそうになればお前の方が悪いとばかりに盛大にクラクションを鳴らす。「前が空いてたから行った。何が悪い」てなもんである。インドでは赤信号も青信号も進めである。事故らなきゃいいのであって事故る方が悪いのだ。
 ついでだから書くが別の実話。漏電から火事を起こしたオフィスビルの借主の元へ消防署から人がやって来て火事の原因について尋ねる。調査ではない。この火事は、1.あんたら借主の責任、2.どっちも悪い、3.ビルのオーナー側の責任、さあどの報告書を出して欲しい?と聞いてくるんである。1.でいいなら知らんが、3.にしたけりゃそれ相応のカネをよこせ、とご丁寧かつ露骨に松竹梅の賄賂プランを提示してくれる訳だ。これが公務員のお仕事である。なんとまあ。

 そんなわけで道路は直らず工事は進まず富める者は富み貧しきものは飢えて路上に溢れゴミは片付かず交通事故死者は年間15万人、といったインドの都市の日常風景は改まらない。いくら経済発展したところでこればっかりは仕方ない、と僕は思っている。何しろ江戸時代である。いつか維新の時は訪れるのだろうか。良くなってくれ、インド。




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by t-nakanobu2 | 2013-02-06 01:36 | 日記

2013年2月3日(日)

3.裏店、使用人

同じく「用心棒日月抄」より。青江の住む裏店の様子を描いたくだりがある。

「又八郎は感心して女の顔を眺めた。住んでいる裏店の、真黒な顔をした女房たちを思い出したのである。裏店の女房たちは、内職をし、亭主と一緒に日雇いに出かけ、井戸端談義に身が入ったあげく女同士で摑み合いの喧嘩をし、甲斐性のない亭主の尻を叩き、言うことをきかない子は殴りつけ、精気にあふれているが肌の手入れまでは手が回らない」
「子沢山の家の暮らしがどんなものかは、裏店の連中の暮らしをみていればわかる。親は真黒になって働いているが、それでも子供は襤褸を下げ、細い脛も露に、ろくに草履もはかず飛び回っている」

 またインドである。インド人の普通の貧乏な家のおっかさん達はやたらと摑み合いの喧嘩はしないだろうし子供を殴りつけることも無いだろうと思う。しかし藤沢周平の描くその騒がしく熱気に溢れた様子は僕が毎日目にするインドと似通ってはいないか。サンダルも履かず走り回るムンバイの貧しい子供達は江戸時代の裏店の子供達と同じなのではないか。

 使用人もそうだ。商家や武家は人を雇っている。例えば「盲目剣谺返し」(これはいい話だった)に「徳平は新之丞が生まれる前から三村家に奉公し、この家で老いた」とある。ここにあるのは当時の当たり前だった「身分」である。使う側、仕える側。同じ家に起居しても住む世界は決して同一ではない。良い事なのかいけないことなのかは別としてそういう時代があった。今だって一部には残っているかもしれない。インドではどうか。憲法でいくらカースト制度が否定されようが、やはり4000年(?)の習慣が一朝一夕になくなるものではないし、使用人という習慣は日本より遥かに多く残っている。また江戸時代登場か。カーストの上下でなくても、金で人を使うという構図は日本より遥かに生々しく残っている。余裕のある家庭はメイドを雇うのが当たり前だし現にウチだって運転手を使っている。思えば日本が何につけ機械化されシステム化されている現状は、ある意味では金で人を使う代わりに機械を使っているようなものだろう。大抵の日本人は「高くもないんだから女中一人雇った方が自分で部屋掃除するより楽だ」とは考えない。一方インドでは社会インフラの未整備は人力でなんとかしてしまう。人を使う、人を遣る、人にやらせるのである。インドの場合は雇い主と雇われた人に厳然と上下関係が生まれる。人間は平等、ではないのである。やはり江戸時代と似ているかもしれない。ただイメージから言うとインドはもっとドライであり、そこにロイヤルティの入り込む余地はあまり無いように見える。もう一つ、言っちゃあ悪いがそのお仕事はともかく、ご主人の持ち物を盗むような使用人が今もいると聞く、その点はやはりインドだ。




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by t-nakanobu2 | 2013-02-03 15:45 | 日記

2013年1月31日(木)

2.時間について


 「用心棒日月抄」より抜粋。
 雪駄問屋田倉屋の妾おとよが主人公の浪人青江又八郎にかけた言葉。
「まあ、よかったこと。なかなかいらっしゃらないから、今日あたり相模屋さんに催促の使いをやろうと思っていましたのよ」

 相模屋とは青江が世話になっている口入屋である。その主人吉蔵と青江の会話。

「昨日はいらっしゃいませんでしたな。青江様・・・いらっしゃる約束でございましたよ・・・お待ちしてましたがいらっしゃらないから、お家をおたずねしました。そう戌の刻ごろでしたな」
「それは相すまんことをした」

 おとよは吉蔵に依頼していた用心棒が来るのを何日待っていたのだろう。彼女は特に仕事もなく妾宅にいればそれでいいはずで、不安の種があって頼んだ用心棒を待つ時間は長かったに違いない、と思う。吉蔵は青江を待ってどう1日を過ごしたのだろう。もちろん他に仕事はあったろう。しかし徒歩で青江の住まいを訪ねて空振りに終わった、それだけで1日の就労時間の結構な部分を浪費してしまったのではないか。ただ当時の状況を想像するに、1日やそこらの遅れなど仕方なかったのではないかと思う。

 前回のエントリーでは牽強付会甚だしくも現代インドの流通事情は日本の江戸時代と似ているんではないか、などの趣旨で書いたが、それに引き続き今回も僕はインドを思ってしまう。だいぶインドが頭から離れなくなっている。
 相模屋が語っているのは客であり職を斡旋してもらう立場の青江の方が相模屋を待たせた場面だが、逆に最初に引用したおとよのように客が散々待たされるのがインドの常である。僕が経験した例が配送業者、インターネット接続業者、エアコンのメンテナンス業者、浄水器業者・・・過去のエントリーにはいちいちイライラした様子を書いてきたが、とにかく業者はまずpunctualではないと思うが身のためである。何かの工事があると言われた日に1日待って何も来なかった、といった話などインドにはごろごろ転がっている。で次の日に連絡し、そこからまた何日の何時に行くだのという話をやり直すのである。彼らはそのことで決して謝らないが、それは顧客に迷惑を掛けて申し訳なかった、という意識を隠して(嘘を吐いて)いるのではなく、そんな思考や感情が元々無いものと思われる。一方でインドでも大手の某電器系リテーラーでは指定時刻に卸から配送されなければ発注自体を取り消す、といった厳しい運用をしているところもあるにはある。ただ市民の日常生活レベルにおいては時刻に関する約束などほぼ無いと思った方がよい。そういえば採用面接を受けに来るインド人もよく遅れていた。日本じゃその時点で不採用だ。・・・たまに物凄く早く来ることもあるから要注意である。このいい加減さは僕にとってインドの嫌いな部分の一つだが、それも最近では受け入れなければならないのだと思うことだってある。彼らにとって時間に正確であることはそれほど大切なことではないのだ。交通事情でいくらでも遅れてしまうし、じゃあそれを見越して早めに出ろと行っても貧弱な道路インフラ事情のせいで30分で行けるのか2時間かかるのかも分からない状態で齷齪しても仕方がない。というわけで平気で遅れるし、それが外回りのワーカーなら「仕事が一つ飛べばそれだけ楽だ。ラッキー」ぐらいに思うかも知れない。僕も駐在1年半、遅まきながらうまく行かないことにようやく慣れて来たか。期待しないのが当たり前なのなら裏切られることも無い。ま、いつものことだ。仕方ないねー。と思えるならそういう気持ち心構えでいた方がストレス無く暮らせるというものだ。来るかも知れない人を1日待って、来なきゃ来ないで仕方ないという考え方。多少の遅れは気にしない、と。

 オットー・クレンペラーだったかブルーノ・ワルターだったかのエピソードで、モーツァルトか何かのテンポ設定に関してオーケストラに対して「これは飛行機なんか無い時代の音楽なのだよ」と語った、という話をどこかで読んだ記憶がかすかにある。オケはそのときもっと速いテンポで弾きたがっていたんだろうか。確か芥川也寸志も古典音楽が書かれた当時の時間に対する感覚と現在のそれは異なっているはず、といったことを書いていたと思う。時間がゆっくり流れていたであろう時代のテンポで演奏するのが良いのか現代人の感覚に合わせて演るのが良いのかは意見の分かれるところだろうが、いずれにしても同じ1時間に少しのお出かけではなく数百km離れた都市まで飛べるということを知っている我々は、モーツァルトの時代の人々とは時間の流れについて相当違う感覚を持っているだろう。あるいは東洋と西洋、18世紀と21世紀ほどの隔たりは無くとも、新幹線のある国とない国によってもその感覚は異なっていて当然なのではないか。更にはどうにも説明のしようも無い国民性、それぞれに異なる歴史の中でそれぞれの民族が編み出した性質、その違いによって時間に対する感覚が異なることもまた当然ではなかろうか。同じ時間の長さをどう感じるか、という視点だけでなく、待つ時間待たせる時間、「ちょっと待って」の長さも。正確さも。

 日本人は焦る。早くしたいと思う。正確であれと思う。この神経質さはおそらく世界一だろう。
では吉蔵はどうなのだ。一日すっぽかした青江はまあそれも仕方ないと思っただろうか。そしてインド人は? 

 これもまた殆どただの思い込みであって一向に構わないが、そこでまた、僕には「現在と江戸時代」の違いに「日本とインドの違い」がだぶって見えてきてしまうんである。ケータイが普及し車が溢れかえってはいるけれど、インドの時間の流れ方は江戸時代みたいなもので、ゆっくり流れる時間の中で沢山の青江や吉蔵やおとよが暮らしているんではなかろうか。決して「遅れてる」「ルーズだ」という悪口ではなく、現代日本、日本人とは感覚の違いがあるのだ、というただそれだけの意味で。


 そう思うと少しはインド人を理解できるような気も・・・いや、まだまだ何も分かっちゃいないんだろうな。





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by t-nakanobu2 | 2013-02-01 02:06 | 日記